フラクタル図書館Q&A
こちらは臨空市内のどこか街路に面した喫茶店の隣に建つ「フラクタル図書館」なる施設で「一時的な管理人」をしているらしい人物が「メッセージノート」を用い「質問に答える」ことで来館者とコミュニケートするその様子が淡々と綴られたサイドストーリーになっています。
有名どころで言うとエッセイストの片岡義男さんや推理作家の乙一さん、あるいは時雨沢恵一さん始めラノベ作家さんたちの多くは「後書き」にさまざまな形で「遊び心」を盛り込まれたりされますがもちろんこういうパターンにも少なからず見覚えがあり、つまり図書館はこの作品を、一時的な管理人は我々プレイヤーを、図書館の真の主人たる無神論者はさしずめプレイヤーたちの手で命を吹き込まれ神である制作者の意のままに操れなくなった物語の主であるレイを擬した登場人物としていわゆる制作の背景や制作陣が執筆へ込めた想いなんかを代弁させた「中書き」の役割を担う寓意小説なのだろう想定で読み終えてしまったため、たとえば「臨空市の時間を刻んでいる」わたしたちが定期的に電話を掛けてくる相手に「新作」をせつくのもレイを連れ戻してくるようアプリログインを「急かされる」のも運営とユーザーのまるで互いに勝手知ったる関係値をユーモアで表現した「ファンサービス」のひとつとして受け取りニヤニヤしてしまったんですが、よくよく考えたらたとえ「遊び心」でも大前提「没入感」が売りである恋と深空がまかり間違っても作中でそんなプレイヤーのメタ認知を促すような真似するだろうか? という疑念が湧いて出て、生まれて初めて一度読んだものを「読了直後にもう一度読み直す」ということをして来ましたw
いろいろと踏まえ直したうえで改めてフラクタル図書館は恐らく本編臨空市内に本当に存在しているし一時的な管理人も真の主人も電話の主も「作品に登場するキャラクターとして」実在している設定なのでしょう。いっそここが別次元へのワープゾーンであり彼らはその向こうからやって来た高次元文明を持つ異星人でもいいくらいかも知れません。ただ、彼らの言わんとすることは個人的には秘密の塔や人知れぬ沫雪から読み取れるメッセージとまるで同義であり、二度読んでなお感想は「深空がプラトンやユダヤ秘教に代表される神秘主義思想に基づいていると思う」ことを語り尽くしてしまったこちらの記事や「アスタの存在がグノーシス主義やミスラ神話におけるヤルダバオートに該当するのでは」と妄想しまくったこちらの記事のおおむね繰り返しになってしまうのだよな。
とは言え今回せっかく新たに「フラクタル」という幾何学的概念が登場したし、もちろんこれがこの作品において数学や物理の観点から「図書館」を形容しているのだろうことは理解しつつ、自称「宗教思想史オタク」は敢えて神知論や接神論の方に結び付けて解釈させていただこうと思う。
フラクタル宇宙論と密教
フラクタルと聞いてまず思い浮かぶのは秘密仏教の曼荼羅(マンダラ)じゃないでしょうか。古代インドに起源を持つ曼荼羅は密教の経典に基き宇宙が「仏」と表現される巨大な存在の極めて小さな一部分であることや、同時にわたしたちの身体の中にも無限の小宇宙が存在していることを「絵」で表した図像になっており、中心から外側へ蓮の花のように広がる「フラクタル構造」が「大日如来から森羅万象が生じている宇宙」そしてこれが人体に置き換えられたとき中央が「心臓」になっている世界観の縮図になっています。数学的なフラクタル理論が提唱されたのは近現代ですが、宗教の世界にはうんと古くからフラクタルの概念は存在していたわけです。
図書館の管理人は「なぜここがフラクタル図書館と呼ばれているのか」という来館者の質問にSF小説ばかりが所蔵されているそこが「無数の宇宙の集合体」であるためだと回答しています。
大から小へ分岐しながら階層的な関係や複雑な接続を持ち次第に絡み合い相互に交差するストーリー展開を秘めた一冊の本が「変形が大きくなることで構造物の形状が歪む」幾何学的非線形や「複雑で不規則な図形の全体をいくつかの部分に分解しても全体と同じ形が再現される」フラクタル幾何学の特性を反映していると言い、さらにこの図書館そのものが本一冊を微小部分とした同様の形を持つ「全体」だと言っているのでしょう。
加えて「もっと分かりやすく」表現するなら「10の-33乗秒」と言い換えてもいいと管理人は言います。ぶっちゃけわたしにはこれが逆に難解になってるんですが(殴、恐らく以前「光の観測によってさかのぼれる」という「ミクロな宇宙」を指しているのではないかと見解した星の来処セイヤの言う「始まりのビッグバンも崩壊を迎えるまで存在していた全ての星も無数の選択肢によって無数の結末をたどる世界もそのどれもが見えるのかも知れない無数の時空の光が集まる場所」、つまり「素粒子にも満たないほどの真空エネルギー」であり「宇宙の始まり」と言われるそれが膨張しインフレーションに至るまでの時間が「10の-33乗秒」だってこと、なんじゃないかと。あれっ10の-33乗って別にマイナスではないよな? (アホ

仮にそうなら管理人が主張する「宇宙」とは図書館と同じフラクタル構造を持っています。これは密教の宇宙そのものと言っても過言ではありません。
思い返せば秘密の塔にも氷晶「ジャス」が管理人のように主人を待っている巨大な書庫があったよな。めちゃくちゃ勝手な解釈であちらには「花木集」やら自然図鑑みたいなものが多く収蔵されてた気がするが、フラクタルの発見は大前提自然界の樹木、植物、雪の結晶なんかが始まりですからね。レイの物語における「小さな特異点」はいずれも「図書館」や「書庫」に見立てられるって話なのでしょう。
神智学における預言者と無神論者
膨大な蔵書の中から「好きな本はどれか」と尋ねられた管理人は「特に印象深く心に残り続けている」という本を二冊挙げています。
一冊目はすべての人間が遺伝子検査に基づき最善の選択を繰り返すことで「神」に授けられた才能を最大限に発揮できるという「調和の世界」において、ある富豪がゲノム編集で作り出した「欠陥のない人間」が一切の規則を超越し秩序を軽視したことで「完璧な均衡」が崩れ去ってしまう物語。これってその「欠陥のない人間」こそが「制度のほころび」でありそれに異を唱えた者が裏切りの烙印を背負いまるで「イエス・キリスト」であるかのように歴史の絞首台に永遠に釘付けにされる、って理解でいいのかな? だとすればレイに「贖罪」を命じるアスタが「ゲノム編集で作り出された制度のほころび」であってもいいと思うんやが、もしかして「アスタとは非道徳的な医療処置や蘇生の繰り返しによって肉体が滅び物質や時間の概念を失った思念体が取り込み過ぎたコアエネルギーの結晶蘇生のコアを本体として存在する不気味な生命体なんじゃないか」とか言ってた自分当たらずも遠からずだったりするのでは(うるせぇ
そして二冊目は「彼」以外のすべての人間があるウイルスに感染し「惑星と存亡を共にするエネルギー体」へ変容してしまう「災厄の世界」において、感染体を一掃し病果を取り除くことを使命づけられた「彼」が世界で唯一の生存者となり最後の「遺体」が完全に風化し虚無へ帰するのを待って最終的に自らも「消滅」するという物語。こちらは黎明レイの物語そのものだと言えるかも知れません。
管理人はふたつの物語を振り返り仮にそれらが本当に実在するもしくは存在していた世界ならまるで「あらゆる素材を適当に組み合わせ気の向くままに配合し失敗すればまた次を作る神の気まぐれな実験場のようなもの」であると述べています。すべての物語に同じようなうねりが起こり似たような結末を繰り返しているのではないか、ということについては秘炎の滾る地の方で語ってしまったんですが、つまり人間の幸も不幸もすべては「神の実験の一部」であり「不幸」を与えられた本編レイがひとつ目の物語に「最後の選択肢」を持ちふたつ目の物語の「結末を知っている」時点で彼を主軸とした物語の世界観は非常に「神智学的」です。
「聖書」のような聖典の中で「預言者」たちが受ける神の啓示を秘教(神の民に伝わる奥義や秘伝の意)的に解釈し「人間」は「神」という超越的存在もしくは「宇宙」の究極的根拠と肉眼または心眼によって「直接的に接触」または内面で合一に至ることができる、という思想や実践を「神秘主義」といい、ユダヤ教だけでなくイスラム教やキリスト教も基本的に宗教とはみな神秘主義的な側面を持っていますがその中でも「自分たちの信仰する偉大な人格神と繋がろう」よりどちらかと言えば「神と人間と宇宙の目的や起源」を「智」の探求や「真理」の追求によって体得しようという教義体系が「神智学」のニュアンスです。
わたしがこれまであちこちでうんちく垂れてきた「ユダヤ神秘主義思想」「グノーシス主義思想」「ミスラ神話」に見られる思想も広義には神智学の一部であり、浄土教における「見仏」やイスラム教の「スーフィズム」、プラトンの提唱した「イデア論」や神聖幾何学、もちろん宇宙に顕在するフラクタルも「自然の神秘」と定義付けここに隠された知識や智慧から宇宙の根源を探るなら神智学と言えます。と言うか、古今東西ありとあらゆる神秘主義思想における真理を融合させたものがそれなんですよね。
余談ですが神智学における「人類創世記」はめちゃくちゃぶっ飛んでますがめちゃくちゃ「深空っぽい」ですよ。基本的にはこちらで綴った紀元前インドやイランに北西部から侵入し定着した「アーリア人」と呼ばれる民族の「ミスラ神話」が基盤になりますが、人類の始まりは「出芽」によって誕生する生命体「アストラル」、次に「分裂」によって誕生する生命体「エーテル」、両性具有だったそれらが進化して性を分化させたことで快楽に溺れ獣と交わって生まれたのが「半獣半人」、これにより「堕落」と「楽園追放」が起こったその大陸が「レムリア」で、現在は「人間」の姿をしているがこれからさらに進化を遂げ最終的には「エーテル」や「アストラル」のような生命体に戻っていくイメージです。
この進化論の根本には「再生」があります。平たく言えばユダヤ教やキリスト教には有り得ない「輪廻転生」の概念ですね。これは人間が輪廻の連鎖を通して「進化」し、数十億年もの進化の果てに「神」に近い存在になる、という概論です。
恋と深空は作中ギリシャやローマの神話や聖書に基く名称や概念が多いため始めはダンテ神曲に着想を得た世界設定なのだとばかり思っていたが「サタン」たるシンが「善」として登場したことでわたしが手の平を返したように「グノーシス主義思想」と「ミスラ神話」に解釈を寄せたのは「エーテル」や「レムリア(リモリア)」が人間の「転生」によって説明付けられるこの神智学の人類創世記に近いものを感じたのもひとつ。「蘇生のコア」が「寄せ集め過ぎたコアエネルギーの結晶」なのかも知れないと思い始めたのも「神」であるアスタが人間の究極である「アストラル」に由来する気がし始めたからです。
そして今回の「フラクタル」です。フラクタル構造を持つ秘密仏教の宇宙を可視化した曼荼羅の根幹にも人間が修行により邪心を払拭することで「誰でも仏になり得る性を持っている」という神智学的な思想が見られますが、恋と深空にも「生と死の繰り返し」によって「心臓」の「エーテル」エネルギーが膨大化する少女がどうやらトンネルの向こうから過去世未来世に当たる自分の意識エネルギーを会得し始めているらしい神智学的な世界設定があり、その「エーテル」を以って「神の決定を覆す」ということをしたあのレイはまさに神智学的な「無神論者」であると言えます。
本編における医者レイは現時点「医療倫理」や「自然摂理」といった「神の定めたもの」に背くことなく「結晶感染」を治療するための医術研究の道を邁進する「預言者」ですが、その道の果てに待つものが「変えることのできない終局」だとしたら「雪崩のように押し寄せる私欲」により「最後の選択肢」を選び取り「無神論者」となることを予感しています。
そして図書館の管理人は彼の宇宙のすべてが認識できるここフラクタル図書館で「無神論者」の訪れを待ち侘びる「神智家」です。管理人は最後に「あなたが思い描く理想の世界」について問われ、もちろんどの世界もフラクタル宇宙の一部であり良し悪しなどはなくただ存在するものであると「預言者」的な前置きをしますが最終的には「私達自身の小さな宇宙にとっては私達が全て」であり「未来は未知」でありたとえ有り得ないものであっても誰もが自分自身の「ユートピア」を実現できる世界線を「理想」として掲げます。そこには神による決定はなくある人にとっての宇宙の主人は唯一その人自身、管理人は熱心な神智家でありながら「違法」でないなら「無神論」を唱えたいわけです。これがレイを主軸とした物語のテーマなのでしょう。
ちなみに「真理より崇高な宗教はない」をスローガンに掲げる神智学協会の紋章は人類創世記の根幹たる「再生」を象徴する「ウロボロスの蛇」だったりするんやが、ここに描かれている杖ってこれ預言者レイの杖ですか?←

仮にそうならまるで「ウロボロスの蛇」に「なりかけているもの」もしくは「そうでなくなったもの」を示唆するかのような「自分の尻尾に噛み付こうとする蛇」のあしらわれたこの杖が「預言者」でありながら「無神論者」たるレイの神智学的な物語の象徴なのかも知れません。
エーテルと阿迦奢
ギリシア哲学における第五元素エーテルが西洋の神秘学に取り入れられてきた歴史についてはこちらにくどくど述べてしまったが実はインド哲学にも「阿迦奢(アカシャ)」という第五元素の概念が存在し、こちらはインド神秘主義思想など東洋の神秘学に取り入れられてきました。元来エーテルは地上にはない仮想物質、阿迦奢は地風水火を産出し包括する仮想空間の概念ですが、神秘学の世界ではどちらも物質や空間における「霊的な生命エネルギー」の意となります。
特に阿迦奢は近代神智学思想における「世界記憶」の概念の根源でもあり、もしかしたら「アカシックレコード」とかって言葉だけなら聞いたことある方もいるのかな? アカシックのアカは阿迦奢のアカです。阿迦奢=エーテルないしアストラルの生命体エネルギーは宇宙のある場所で記録層になっており、それは全生命のすべての行動、すべての意識、すべての輪廻転生、宇宙の始まりから現在に至るまでのすべてが記録された神の無限の「図書館」のような力場群であると定義され、宇宙が絶えず膨張するのは「未来に関する記録がエンドレスで書き加えられ続けている」からだと理解する神秘家もいます。
心理学の分野では精神分析だけでは説明できない「深層心理」を説明付けるため人間の「無意識」のさらに深層に「個人の経験を越えた先天的な構造領域」が存在するとしてこれを「普遍的無意識」と呼んだりもするらしいが神秘家にしてみればそれこそが「アカシックレコード」であり、神智家に言わせれば「再生」を繰り返すたびに進化する人間がいよいよ宇宙の記録層たる阿迦奢に到達し始めている領域です。
深空の宇宙においては「トンネルの向こうで力場を作っているらしい特異エネルギー」が「アカシックレコード」であり「転生を繰り返すたびに宇宙に飛散する自分の意識エネルギー」が「普遍的無意識」であり、そうした宇宙を図像で表した「密教の曼荼羅」に該当するものがここ「フラクタル図書館」なのでしょう。個人的にはこれ以上腑に落ちる名前ってないのでくれぐれも「10の-33乗秒図書館」なんかには改名しないで欲しいです。せめて-33乗がマイナスになるのかならないのかだけでもこのアホに解説しておくれ(しろめ