灼夏を抱いて
今回イベストを読んで少なくとも個別ルートにおけるマヒルと彼女の全体像は意外とシンプルなのだなと感じられました。と言うのも、正直これまでマヒルについてはなんと事情の込み入った複雑多岐な人物で発言の真意や感情が計り知れず「一体何から解放されれば彼は幸せになれるのか」いまいち掴み切れていなかったのですよね。たとえ今「ある悲劇を運命だと決定付ける何か」の力が消滅しても彼の定義する「兄ちゃん」が思った以上に多方面に及ぶためこれが彼にとっての枷なのか生き甲斐なのか脱却したいのか留まりたいのか「そうだ」と言われれば「そうじゃない」と答え「違う」と言えば「違わない」と断言するのも千錯万綜していて今ひとつ推し量れないような印象だったりした。
個ストのふたりはすでに兄妹の枠を出た新しい関係を築こうと一歩踏み出しているのだね。それがいわゆる恋人と呼ばれる男女の仲であるかは置いといて、ただ惹かれ合いお互いがお互いを「自分のもの」だと思える関係を望んでると。そして同時に兄妹として生きてきた過去もちゃんと大事にしたいのね。ただし心境に大きな芽生えや気付きを覚えたての彼女は誕生日という機に「行動」として何か新しいことを起こしたいけれど、始めからそれを自覚していたマヒルは「言葉」で確かめ合えればそれでいいと感じているように見える。個人的にはほんの少しだけ「兄ちゃん」たる自分が「なかったことになってしまうこと」を恐れているためなのかなと感じてしまったな。
誕生日には数日前にマヒルの方からやって来て、フォトスタジオにて毎年撮影してきた記念写真を「今年は兄ちゃんとではなくマヒルと一緒に撮って欲しい」なんて言い出すが、彼が持参したスナップアルバムには両手でナイフを握りケーキを切り分ける幼いマヒルから年を経るにつれ多くの友達に囲まれるようになり最後は仲間たち大勢とボードゲームに興じるマヒルを彼女が輪の外から背伸びをして覗き見ているような写真まで残されていたりして、毎年用意するバースデーケーキもパーティーが終わってからマヒルを独り占めできる時間も「自分が分けてもらえる分は徐々に減っていった」と彼女はこれまでを振り返りながら、そうしてふたりの過去が「1本の糸」として紡がれてきたように「マヒルは今も兄さんではあるがそれ以上の存在でもある」ことを同じようにそこに紡ぎ足していきたいと考え至る。
マヒルは「欠けた思い出を新しい思い出で上書きできる」からと数年前に緊急任務のため唯一彼女と一緒に過ごすことのできなかった誕生日に行く予定だった同じレストランに行きたいと願い出て、彼と同じようにその日を残念に感じていたらしい彼女はもちろんそれを快諾するも、「妹の枠から出た今の自分」だからこそ与えられる「兄の枠から出たマヒル」の望むものとは何か、結局兄ちゃん然として彼女の手を借りることなく何でもひとりで捌いてしまう彼にはもどかしさを覚えたりもする。
そんな彼女にマヒルは恐らく「自分が誰でどこへ向かうのか」常に墜落のリスクが伴う飛行においてもっとも大切な「帰る場所」をいつも彼女から与えられきたことを感じ取って欲しくてとある浮遊島で旧式の飛行機に乗れるイベントへ「自動操縦の飛行機しか動かしたことがない」という彼女を連れ出しかつての自分と同じ「初めての操縦実践」を体験させてやるのだが、彼女の方は彼がいつもどんな景色の中で何を感じていたのかそこにはもちろん「兄さん」として「いつも堂々として万能で全てのものから私を守ってくれた」彼らしい圧倒的な自由や高揚感が存在しているのだけど、一方で言葉にできない雑然とした不安や緊張があることを知り「今度は自分が彼のために何かを守る番なのかも知れない」と思い巡らせ始める。
わたしはもしかしたら彼がぽつり打ち明けた「飛べた後は何だってできる気がして何にも負ける気がしなくなった」ものの「今は自分が何でもできるわけじゃないことを知った」という言葉にこそ複雑なマヒルの全てが詰まっていたのかなって思ったよ。
幼い頃から人気者で誰からも慕われて近所では喧嘩にも負けたことがなくできないことなんてひとつもないままアカデミーでは同僚や講師たちから挫折を知らない楽天家のようにさえ見えていた彼はこれまでずっと自信に満ちていて「彼女が自分のもの」であることも「どこへでも連れて行ってやれる」ことも「ふたりで天地を手に入れる」ことも当然できると思っていたし、「兄ちゃん」とはそんな「太陽のようなマヒル」を象徴する言葉だったのかなと。
爆発の直前「オレが守らなきゃ誰がお前を、」「いや言わない」「言っても分からない」と溢していたことから彼はある地点「自分が何でもできるわけじゃない」ことを思い知らされたその後も「兄ちゃん」として「太陽のようなマヒル」を装いながらひとり挫折や「彼女が自分のものだと疑いなく感じることができなくなる」不安や「どこへも連れて行ってやれないのかも知れない」自信の喪失に見舞われていたのだろうと思う。自由を求めそれを手に入れることが当然だった過去の自分が「翼の神経や筋肉を壊され飛べることを忘れた鳥」のようである今「どうすれば以前のように彼女を守ってやれるのかもう分からない」のは恐怖ですらあるかも知れない。それが「兄ちゃん」を解脱したいかのようにも縋りたいかのようにも見えている所以なのかも。
仮に世界の深層『プロファイル』Vol.13で描かれた今世マヒルの主要テーマが「おじいさんの古い斧」で相違ないのなら、彼女はヤオがリアムにそうであるようにかつて「太陽」であったマヒルもそうでなくなったマヒルも「同じ人」だと「信じ続けること」が「妹の枠から出た今の自分」としてこれから新たに彼に与えられるものなのかも知れないなって思う。「あなたは私のマヒルを殺した」と訴える「妹」たる自分を脱してね。イベントタイトル「灼夏を抱いて」とはそういう意味合いなのかなと。
そうして迎えた誕生日当日、彼女は艦隊の基地へマヒルを迎えに行った後まずは自宅で彼を着替えさせ「遠空艦隊の偉そうな執艦官には見えなくなった」と喜色満面であるが、「新しいマヒルになったか」と問われ首を振り意味ありげに今日は「私だけのマヒル」なのだと返答する。

最後はふたり着飾って例のレストランで恒例のバースデーカードやケーキをプレゼントする展開なのだけど、ロウソクの火を吹き消す前ずいぶん長い間目を閉じていたらしいマヒルは「すごく長い願い事をしたよう」だと彼女に指摘されそうではなく「長い長い物語を思い浮かべていた」のだと答えるの、何だったんだろうめちゃくちゃ気になる…
イベストは「もう両手を使わなくてはならないほどナイフを握ることに苦労しなくなった」マヒルが「オレ達の一年の軌跡を一緒に踏み出し一緒に歩める」からとふたりで一緒にケーキを切ろうと申し出て、先日「分けてもらえるケーキがほとんどなくなった」なんて漏らしていた彼女へ「お前が望むならケーキもマヒルも全部やる」「始めから誰にも取られたことなんてない」と告白し締め括られているが、もしかして「長い長い物語」についてはどうやらこの後のふたりが描かれているのだろう思念ストの方で詳しく語られているのかな。
ビデオ通話では改めてほんの数日でも「オレのことばかり考えてくれた」彼女がもう一度「オレだけのもの」であるかのように思えたことが嬉しかったと言うマヒル、一方で自分がもっとワガママに「お前を放したくない」「もっと一緒にいたい」と思うようになることが心配じゃないのか、これからの誕生日はもっと欲張りになっていいのかと尋ねてきたような気もするが、彼自身「何でもできる兄ちゃんのものだった妹」をそうでなくなった自分が同じように「オレだけのもの」にすることへの恐れや躊躇いが簡単には払拭できないのだね。今は本意ではないのかも知れないが、彼女もそれを望んでくれていることだしこれから少しずつ見せられるようになるといいね。
帰らぬ夜
ぶっちゃけ引くか引かないか最後の最後までめちゃくちゃ悩みました。何やら来週にはまたとんでもない日位思念が実装されるらしいことを知ってしまったし、こちらのティザームービーがあまりに出血大サービスだったんで正直これだけでだいぶ満たされるものがあり、きっとこうして「行動」として何か新しいことを起こしたがっていた彼女に彼も勇気を出して応えることができたのだな、と思えて幸せな気持ちに浸れてしまったので(感謝


ただ、彼がロウソクの火を吹き消す前に耽っていた「長い長い物語」がどうしても気になって、ふたりはどこからやって来たのか「万有引力では説明できない」どんな切っ掛けで恋に落ちたのか彼の口からそのルーツがちょっとでも語られるならやっぱり読みたいと思い直し、ぶん回してきてしまったよ…
めちゃくちゃ渋かったよ!!! 涙

誕生日過ぎてしまったが、時間とさらにちょっと刺激的なのでひとり隠れられるような場所も確保して近日ゆっくり読んで来ようと思います←