まだ見ぬ黎明
じっくりと読み終えて第一声、「なるほどなぁ」「うまいなぁ」と思わず唸ってしまいました。本編の補足としてこういう見せ方があるんですねぇ。
エーテルコアの存在が明らかとなり、ファン院長らの研究についてなんとなくチラ見せのあった本編5章読了後、このタイミングで図ったようにレイの秘話だけが開放されるというところにも、緻密に計算され尽くされた意企を感じます。
と言うのも、ファンの手によって「拮抗薬」を投与される直前の小動物から微量ながら特異エネルギーの波動が検知されるというあのシーンを見たことで、あそこに居た動物たちは恐らくどの個体もその身体からワンダラーと同じものを放っていた、それを薬によって抑えているような状態だった、そういうことなんだよなってなんとなく反芻してるじゃないですか。
ファンがなぜこんな辺境の地に身を置いて研究を続けるのか尋ねたとき、レイは「長恒山である医師が命を落とした」こともその理由のひとつであるなんて答えますが、これもかつてこの山で起こったのは「磁場の異変による災害」ではなく「ワンダラー化してしまった動物たちの暴動」だったんじゃないか、それなら六団子の母狐も「ワンダラーとして退治されてしまった」んじゃないか、とかさ。
そのうえ杉徳医療には重篤患者が1年経っても死なない謎があり、引力錨で特異エネルギーを集めればワンダラーは復活、科学の世界では熱にも音にも光にもエネルギーがあり究極人間なんてエネルギーのかたまりだってのに、その人間が体内にコアを持ったまま生まれてくることまであると知ってしまった今。
要はこれ、うちらが本編に散りばめられたそういう小さな「嫌な予感」を掻き集めて、たとえばワンダラーって元は我々のよく知る生き物なんじゃないかとか、たとえば不老不死の実現みたいな神をも恐れぬ行為は跳梁しいつか権力者たちだけがコアの力を得てのさばるその陰で弱者たちは実験体となり副作用に苦しむそんな恐ろしい未来が来ちゃうんじゃないかとか、そうやって勘ぐり始めたところに放り込んできとるわけですよ(震
舞台となる世界
始めに、この物語は、黎明の抹殺者と呼ばれる「レイ」、レイを連続殺人犯として追う刑事「イワン」、そして何者かに殺された母の敵討ちをレイに依頼する少年「ジョノ」、この3人の目線で描かれます。
2話においてイワンの目線で解説されるこの世界は、ワンダラーが初めて現れた恐らく2034年から数えて「数百年後」の時代であり、人々は街に当たり前のように横行するワンダラーを避けるよう「屋内で」「仮想世界にのめり込んで」人生を送っている、と語られる。
とは言えイワンの職業は刑事であり、殺人犯を追っているところなど見ると、街は完全にワンダラーに支配され無秩序状態という訳でもなく、それなりに規律を正そうと奮闘する立場の者もまだ一定数存在することが伺える。
レイとジョノの会話から多くのことが読み取れる3話では、「一般人は外出しないから街には人がいない」「ワンダラーと、ロボットと、好き勝手に生えている雑草だけ」という描写もあります。
ワンダラーを恐れ多くの仕事をロボットにさせるようになったことは2話でも語られますが、草むしりのような細々とした仕事には行き届いておらず、街は概ね荒廃してると判断できそうです。
また、レイが雑草の海となった公園でボロボロの古い書物を開く様子がジョノの目線で描写されるある場面では、彼が手にしているのは「臨空市ガイド」と書かれた観光ガイドブックであり、「博物館、スキー場、公園、Akso病院、どれもずっと昔にあった場所だ」とも語られます。
Akso病院は本編では何度も登場してますが、これが数百年後の世界にはもうなくなってしまっている、ただしその名だけは少年が聞いて「昔にあった場所だ」と分かるくらいには残っている、ということも分かりました。
さらに、ジョノがこれまで母親と暮らしてきたコア工場の寮には窓がないため彼は夕日を見たことがなかった、という5話中盤の表現、3話では「この時代に病院を受診することができるのはお金持ちだけ」だというセリフも出てくることから、「貧富の差」というものがかなり深刻な状況であることも分かります。
コアを扱う工場は貧しい人たちの働くところであり、備え付けられた寮には窓さえないところを見ると、人権を無視したような冷遇も甘んじて受け入れなければならないほど困窮する貧民層が一定数いる、と推測できるでしょう。
これを本編とは並行して存在する別世界、パラレルワールドだと結論するにはあまりにもはっきりと分かりやすく時系列が記され過ぎているため、恐らく本当に数百年後に訪れる未来の物語として描かれているのだと個人的には思います。
ただ、本編5章では「深空トンネル」の研究の目的が「中に入ってみたい」という未知への探求心そのものであると明言されており、1章冒頭では深空トンネルを抜けた先の「分岐した未来」についても匂わせがあったことから、近い将来トンネルは本当に「ワームホール」のようなものとして「開通」するし、ここを出発点としたそれ以降の「未来」が「分岐」している、みたいな可能性はもしかしたらなくはないのかも知れないとは思ったりもするけども。
病変体
何らかの理由で身体のどこかに小さな突起のようなものが浮き出るという謎の症状を発症した人間を、黎明の抹殺者レイは「病変体」と呼ぶ。
病変体は放っておくと皮膚の下の異物がまるで生き物であるかの如くうごめき出し、皮膚を突き破って異形の腕のような姿で体外に生えてくる。
それは「青いフック」のような形状で、先端は鋭利になっており、またこれを生やした病変体は瞳が青くなり、理性や知能を失い、人ではないような顔付きとなって、無差別に人を襲うようになる。
この街にはびこるワンダラーの中には、もちろん原始的なエネルギーの集合体も居れば、病変によってワンダラーと化した元人間も居る。
ただしこれを知る人はごく僅かで、恐らく世界の上層部に君臨する何かをひた隠している者たちと、たとえば「人が化け物に変わる瞬間を目撃してしまった」という不運な一般人だけ。黎明の抹殺者レイはこの後者に当たる。
黎明の抹殺者レイ
レイは幼い頃から実の両親ではなく養父母の元で暮らしてはいたが、12歳まで毎年家族に自分の誕生日を祝ってもらうなどそれなりに幸せな家庭に生きていた。
12歳の誕生日を迎えた日、養父が突然病変体となり、身体から生やした青いフックで目の前の養母を刺し殺したかと思えば、次は迷うことなくレイに襲い掛かって来た。
その瞬間に全てを悟ったレイは、何かを決意し、自らのEvolで生み出した氷柱を養父の心臓へと突き立てることで、かつて人間だった養父がワンダラーとしてではなく、人間のままその一生を終えられる道を選択した。
この初めての「殺人」以来、レイは使命を帯びたように、数えきれないほどの病変体をその手に掛け葬っている。
少年ジョノ
コア工場で働く母と親子ふたり閉ざされた寮の一室で貧しくもささやかに暮らしていたジョノは、ある日突然何者かに母を殺害され、身寄りがなく児童養護施設に引き取られることになった。
1年程前、母とふたり病変体に襲われて逃げ場のない路地裏の奥へと追い込まれていたところを抹殺者レイに救われた経験があるジョノは、今回母を殺した犯人もきっとああいった化け物の類に違いないと思い至り、施設を抜け出し周囲を探してようやくレイの姿を見付けると、「お母さんを殺した犯人を見付けて欲しい」「それができるのはあなたしか居ない」と訴え、半ば強引にレイの暮らす部屋に転がり込んだ。
数日を共に過ごし、分かったことと言えば、何の感情も映らないレイの無機質な瞳には、チョコレート、ジャスミンの花、コンビニのサイダーなど、なぜか決まった物にだけまるで僅かなひびが入ったように何らかの感情が映し出される、ということだけ。
ろくに口も聞かず、まるでロボットのように無機的な毎日を過ごすレイにジョノは何かを諦めたのか、「犯人捜しはもういい」「その代わりひとつだけお願いがある」「明日は僕の12歳の誕生日だから一緒に過ごして欲しい」と打ち明けた。
この時ジョノの目の下には小さく膨らむ突起が表出しており、レイは本当はすでに後ろ手に氷柱を構えていたのだけど、それはこの願いを聞き入れたのちに決行することにした。
こうしてその最期の日にジョノが目にしたものは、12本のロウソクが立てられた大きなバースデーケーキ、バーチャルではない本物の綺麗な夕日、そして突然何の前触れもなく目の下から皮膚を破って生えてきた鋭く青い何か、驚く間もなく次の瞬間には自分の心臓を貫いた氷柱が、胸に咲く美しい花のように見えていた。
このシーンのレイの心理描写は決して多くありませんが、前日の夜から恐らく病変体探知器のような装置がジョノを感知して警告音を鳴らしていて、レイはこれを本人に悟られまいと計らい、また当日はジョノの目が徐々に青くなっていく間も突起が膨れていく間も努めて変わらず接していたので、本当に最期の最期まで、ジョノが人間で居られるギリギリまで彼と穏やかな時間を過ごそうと決めていたんじゃないかと思います。
氷柱に貫かれ息を引き取る直前、「僕は怪物になっちゃったの?」ってジョノは泣くんですが、彼の傍に片膝をつきそっとそのまぶたを閉じてあげるレイは、やっぱり何も思っていないようにも見えたし、こんな想いをさせる前に決断すべきだったんじゃないか、と悔やんでいるようにも見えました。
刑事イワン
熱心な刑事イワンはある連続殺人犯を追っていた。犯行は殺人と言うよりむしろ「抹殺」と言えるほど徹底的であり、彼に殺された人たちはなぜか全員死体さえ残らない。このことから犯人は「黎明の抹殺者」と呼ばれている。
被害者の年齢、性別、身分などに共通点はなく、手掛かりと言えばどの犯行現場にも必ず残されている「青い何かの破片」だけ。イワンはこれを「ワンダラーのコアのようだ」とも思ってる。
調査を進める中で、ある被害女性の身元を割り出すことができたイワン。
彼女は数ヶ月前に地下のコア工場を解雇された元従業員であり、さらにジョノという11歳の息子が居ることも分かった。
おかしなことにこのジョノは、つい先日ある児童養護施設から「行方不明」になっている。
直感的に次のターゲットはジョノであるはずだと確信したイワンは、わずかな糸口を頼りについに犯人に辿り着き、現行犯を取り押さえるべく現場に急行。
しかし、そこでイワンが目にしたものは、身体から数本の青いフックを生やした少年がもはや人とも思えないような姿で抹殺者に襲い掛かろうとする、おぞましい光景だった。
抹殺者が氷柱で心臓を貫くと、元は少年の姿をしていたその怪物は地面に倒れ、まるでワンダラーが消滅するのと同じように黒い霧となって消え去り、そこには砕けた青いフックの残骸だけが散らばっていた。
その瞬間、イワンはいつも犯行現場に残されていた「青い破片」の正体と、彼が抹殺していたのは人間ではなく、少し前まで人間だったはずのワンダラーであったことを悟った。
イワンは黎明の抹殺者の調査を打ち切り、全ての資料を処分することにした。
これが時間稼ぎとなって、世界の崩壊を食い止めることができればいいと思ったからである。
青いフック
病変体の皮膚を破って出てくる青いフックのような尖ったものは、彼らが黒い霧となって消滅した後も砕け散った状態でその場に残り続けることから、たぶん限りなくコアに近いもの、コアに成りかけているもの、みたいなことなのでしょう。
最終話ではジョノの母親がレイの元を訪ね自分の手の甲に現れた突起を見せながら「私は人間がワンダラーに変わることを知っている」「そうなった自分が息子を手に掛ける前にどうか私を殺して欲しい」と頼み込むシーンが回想の中で描かれますが、このとき彼女はこの病変について「地下工場で長い間コアに触れていることが原因ではないか」と見解してました。
2048年本編の時間軸にはさまざまな形状のワンダラーが登場しますが、ふと頭をよぎったのは2章初任務で殲滅した「知能型のワンダラー」です。
めっちゃ頭悪い考察だと自分でも分かるんだけど、どうしても思わずにいられないのがさ、正しい時間軸を行く「原始的なワンダラー」に混じって、もしかしたらこの数百年後の未来で時空の狭間を彷徨ってた「病変でワンダラー化したその昔人間だったものの成れの果て」も、いま本編の方に現れてるかも知れなくない…?
深空トンネルの中が「何かしらを時空の狭間で迷子にさせるもの」だっていう謎前提なんだけども。
うわぁ、なんか変なこと言っちゃったせいで今後深空ハンターとしてワンダラー殲滅するのむっちゃ憂鬱になってきたぁ(アホ
医者レイ
黎明の抹殺者レイは多くの場面で感情がなく、言葉もほとんど発さない、生活感のない殺風景な部屋を拠点とし、ただ黙々と病変体の抹殺を遂行する機械のような仕事人として描かれています。
ただし、唯一彼の人間らしい感情が長々と綴られ、それが痛いほど読み手に伝わってくる場面というのがあって、それは「医者であるもうひとりのレイ」の人生を追体験する夢を見た後、その夢に想いを馳せる時間です。
レイは病変体を初めてその手に掛けた12歳の誕生日、その夜を境に毎晩こうした夢を見るようになるんですが、それはただの夢だとは思えないほどリアルで、まるでもうひとつの自分の人生なんじゃないかってくらいに、理屈ではなく本当に体験して笑ったり、悟ったり、学んだり、進んだりしたことが、自分の中で新たな人生経験として積み重なっていくのを感じています。
遥か昔実際にあったらしい臨空市という都市で暮らす夢の中のレイは、外科医としてAkso病院というところに勤め、27歳のときに自分の患者としてある女の子、つまり主人公と再会するのだけど、その女の子が笑いかけ、「先生」と呼び掛け、嬉しそうにしたり悔しそうにしたり、時に愛おしそうに見つめてくれるのを、抹殺者レイはいつも特別な感情を抱きつつ眺めてる。
彼女が恥ずかしそうにしてうつむくとき、レイはその頬を撫でてやりたい、それができたらどんなにいいだろうという気持ちにもなる。
目が覚めるとそこはやっぱり現実の世界で、レイは病変体の青いフックに裂かれた身体中の傷から流れる血を何も思わないような素振りで拭き取ると、粛々と服を着替え、また黎明の抹殺者に戻らなければならないのだけど、かつて臨空市と呼ばれていたらしいその場所の、観光ガイドにしか載っていないランドマーク、夢で見た食べ物、味、植物、それらを少しでも感じてみたくて、たとえばサイダーを凍らせて食べたり、ジャスミンの花を剪定したり、そんな風にひとり夢の痕跡をなぞったりもする。
そして再び眠りに就くとき、春の朝日のように温かいあの夢に「いつか意識まで侵食されてしまえたらいいのに」って願うレイ。
なんか、切なくて泣いてしまったよ。涙
乙女ゲーの攻略キャラにはよく「二重人格」って設定の男の子がいるんやが、そういう子には大抵メインの人格とサブの人格が用意されていて、どっちの人格が表に出ててもふたりとも記憶があるパターンとか、サブが出てるときメインは覚えてないだとか、なんかそういう細かい設定こそ違えど、多くの場合どっちかの人格が「身を引いて切ない想いをしてる」、みたいなところにプレイヤーである乙女たちは沼ってしまったりするんだと思ってる。
レイの場合はそうじゃないけど、でもそうやって多くの二重人格キャラたちがいろんな場面で人格を入れ替えながらひたすら言葉を尽くして与えてくれてたあの切ない気持ちを、いや下手したらそれ以上のものを、このたったひとつのサイドストほんの数十行のテキストでこれからずーっと与え続けることになるシステム、まじですごくないか?
だってわたし、もうすでに、本編5章のオーロラのシーンとか、「抹殺者レイも見てたんだな」ってえぐ切なさ込みで思い起こされる場面になっちゃってるもん。涙
誕生日
この物語のラストは、抹殺者レイが夢の中の愛おしい女の子についに触れてしまい、「レイ先生じゃない?」「あなたは誰?」と問われるシーンで締め括られます。
ぶっちゃけ今の情報量では答えは出そうにないんやが、もしかするとこの夢は医者レイがこれから体験することになる少し先の話で、その頃には主人公は体内のエーテルコアが何らかの形で目覚めてて、なんか時空を超えたり夢にアクセスできたりするようになってるのかも知れんな(てきとう
抹殺者レイと医者レイの繋がりについても正直さっぱり分からんが、同じ氷のEvolverだし名前も同じなので、今のとこは医者レイが転生して抹殺者レイ、のようには見えますなぁ。
なんのヒントでもないんだろうけど、個人的に全篇通してなんとなくやたらピックされているように感じたのは「誕生日」ですかねぇ。
抹殺者レイは12歳の誕生日から医者レイの追体験が始まるし、ジョノを最期まで見送ろうと決めたのも彼が12歳の誕生日だと知ったから、最後主人公に触れちゃう夢では医者レイも誕生日を迎えてました。
そう言えば凝雪の章でレイは主人公を水族館に連れて行ってくれた翌日からしばらく「黙って居なくなっちゃった」っぽいことが判明しましたが、これは年齢的に12歳くらいのことだったりする?
でもさすがに誕生日当日に失踪してたら「せっかくお祝いしようと思ってたのに」みたいな話にはなるか…