セイレーンの歌
個人的にホムラの秘話は毎度非常に読みやすくて助かります。読解力の乏しいわたしが時系列を考察する必要がないシンプル短編だからなんだろう(恥
前回の秘話でホムラとはポセイドンなのかセイレーンなのか八百比丘尼なのかなんなのか、あんなにたくさん妄想話を繰り広げてしまった後でいざ蓋を開けてみたらまさかの全部盛りだったなんてな←
リモリアの末裔として果たすべき使命に恐らくエーテルコアのようなものが不可欠なのだろうし、今までのどのシーンを思い返してみても彼が彼女を大好きなんだろうことはもちろん伝わっているのだけど、この秘話を読んでそれ以上に彼を苦しめてるのは「自分はこのまま本当に海の化け物になってしまうかも知れない」っていう「恐怖」なんじゃないかとも思ったな。
一族の悲しい嗚咽と亡者たちの呪縛が手枷足枷になって、もはやその愛を表現する手立てが絵を描くことなのか、頬を擦り寄せることなのか、いっそひと思いに心臓を突いてしまうことなのかさえ分からなくなってしまっているようにも見える。
これがホムラの生み出す芸術が常に最高峰の美であると同時にどこか投げやりささえ感じるほど刹那的である所以なんだろう…
そしてホムラ担はまるで子どものように臆病な彼がもう見たくないだろうものを全部「見なくていいよ」って目を覆ってやりたいし、いつか真っ赤な海で彼を抱き締めて一緒に心中してもいい、そういう気持ちで彼を推してるってことなんだろうね。
ならばわたしはそんなみんなとホムラくんを全力でカプで推したい(複雑
オペラ歌手Mo
西暦がはっきりと記されているわけではないが、今ストは芸術家ホムラが臨空市に拠点を移す以前、「ビロノ市」という恐らくどこか海外の地で、歌劇役者「Mo」としてただ1度だけ舞台に立ったとある歌劇場の「10周年記念公演」が、恐ろしい事件と共に終幕してより数日、彼がクルーズ船でついにビロノを発つまでのほんの幾ばくかの人間模様について描かれる。
最終公演の舞台では、恐らく神話「オデュッセウスとセイレーン」をアンデルセン「人魚姫」風にアレンジした近代オペラにて、ヒロインの相手役「モウ」を演じていたホムラ。
クライマックスではセイレーンの少女にかつて教わった歌を朗々と歌い上げながらしっとりと彼女を抱き締め、隠し持っていたナイフで後ろから心臓を突く、という過激な役どころを「情感溢れる天性の美声」で演じ切る。
大歓声に包まれる会場にカーテンコールで応える演者たちが次々と挨拶を終えていく最中、客席の中央部に位置する「主賓席」に座りこの舞台を観劇していた「フェーン」という人物が、「穏やかに笑みを浮かべたまま」「まるで殺害された彫刻のような姿で」変死しているのが見付かった。
劇場は騒然となり、演者観客共に警備員の誘導により速やかに退場させられるが、「ルイス」という男は幕の下りた舞台の向こうに冷ややかに立ち去っていく人影の気配にふと違和感を覚えた。
それは渾身の演技を終え「焼けるように痛む喉」をさすりながら舞台袖へ捌けていくホムラのものだった。
探偵ルイス
ルイスはフェーンの遺族より調査依頼を受けすでに高額の報酬も受け取っていたため、外傷も中毒反応もなく死因不明で最後には「急病」として処理されたあの不可解な事件の真相を追っていた。
この件については当然ニュースでも報道されており、ビロノの街に住む若者たちは「セイレーンの歌声に魅了された人は笑ったまま死んでいくらしい」「あのオペラ歌手Moは本当に彼に復讐しに来た海の神だったのでは」なんてからかい半分に噂していたりする。この地には「歌声殺人」という新奇な都市伝説があるためだ。
もちろん根拠のないただの噂話ではあるが、2034年臨空市南東沖で発掘された海底都市が本当に古代リモリア文明の遺跡であることが証明されたことでにわかに現実味を帯び、一概にただの空想であるとも言い切れないとルイスは感じている。
そしてフェーンの変死は本当にホムラの歌声殺人によるものだったのではないか、との線でこの調査を進めているのである。
高級レストランでさながら貴公子のように優雅な所作でひとり食事を摂るホムラの正面に座ったルイスは、「簡単な質問に答えていただければもうあなたを尾行することはしない」と前置きし、後世の人たちによってさまざまな改編が加えられる以前の「歌声殺人」について語り始めた。
伝説によると海の魔物であるセイレーンは美しいオスの人魚であり、陸の女性と出会い恋に落ちた。
しかし彼女は彼を欺いて尾ひれを切り取りウロコを剥ぎ取ってしまう。
死に瀕したセイレーンは悲しみの挽歌を歌い、するとその女性は歌声の中で微笑みながら息絶えた。
これはつまりホムラがMoとして演じたオペラのシナリオのちょうど男女が入れ替わり結末が逆転しているわけだが、「そのバージョンも悪くないね」と興の乗らない調子で相槌を打つホムラは変わらず落ち着き払った様子で食事を続けている。
ルイスは畳み掛け、「歌声の中で息絶えた人は微笑んでこそいるが実は終わりのない苦しみを味わっており、生前の海に対する罪を絶えず思い出せるよう胸に青い模様が刻まれている」「こうして復讐を終えたセイレーンは深海に戻るが、海の王国は一夜にして血に染まった廃墟と化していた」「その王国の名はリモリア」だと揺さぶるように語り続けた。
そしてルイスは注意深く相手を観察しながらリモリア遺跡の資料を彼に差し出すのだが、破ることのできない仮面をつけているかのように穏やかな面持ちでホムラはこれを押し返し、「あなたは探偵をしているせいで作家としての才能を埋もれされているようだ」と皮肉を言うだけ。
悔しくなったルイスは最後の切り札でもある「分厚い人物資料」を取り出して、「セイレーンはどのようにしてリモリアを滅ぼした人々に復讐するのでしょうか」と問う。
これにはホムラも少しだけ手を止めてその資料に目を通すが、「セイレーンは彼らの残忍さと狡猾さを見習うべきだ」とだけ告げると、ついに食事を終え席を立ってしまった。
一瞬だけ笑みを見せたようなホムラからなんとか綻びを見出そうと賭けに出たルイスだったが、結局ホムラからは何ひとつ得られず、調査もここまでだと悟った。
しかし、一見「埋もれた作家の才能」のようにも思えたルイスのこの推理は、実はほとんど的を射ていた。
「ロイヤルオペラ」だなんて権威ある歌劇場の記念公演を主賓席で観劇できるほどの身分だったフェーンの遺族らが高額な報酬を支払って依頼するくらいなので、恐らくは「名探偵」だったのでしょう。
ホムラがリモリア人であるという事実もある程度の証拠を揃えて限りなくそうに違いないと判断したからこそのこの推理だったのだと思うし、最後の「分厚い人物資料」というのもたとえば彼が掻き集めた「フェーンと同じような変死を遂げた人たち」のプロファイルだったんじゃないかな。
迫害の目的
この事件の真相が全て明らかになるのは今スト5話で詳細に描かれるホムラの回想シーンである。
打ち寄せる波が海岸を深紅に染め、遠くから照らす夕日が血の色と溶け合ったようなどこまでも赤い海で、「彼らを欺いた人々」が巨大な船に乗り笑いながら去ったあと、少年が独り岩礁に座り「セイレーンの歌」を口ずさんでいる。
本編2章主人公がホムラの絵の中で見た「歌う少女の夢」とは、少女と見まがうほどに美しいリモリアの少年、つまり幼いホムラが、人間に欺かれ虐げられた一族の死に際に「笑顔とも泣き顔とも見て取れる表情」で「賛美とも嘆きとも聴こえるようなメロディ」をリモリアに手向けるレクイエムとして捧げていたところ、だったんですね。
リモリアの一族がどのようにして人間たちに欺かれ瀕死に追いやられてしまったのかその辺りは不分明ですが、夜遊びの章で語られた「ある少年の話」がそれを示しているのであれば、彼らは「深海がつまらないと感じ陸の世界を見てみたくなって」浜に上がって来た、ワンチャン誰かリモリア人のひとりと接触できた人間が言葉巧みに彼らを浅瀬へ誘き寄せこの大量虐殺に至った、という概略なのではと思う。
また、ホムラの耳元にはまるで劣化したレコードがノイズを発しているかの如くあの日の一族の嗚咽がこだましており、胸の中ではいつも誰かが「目を開けろ」「彼らのために立ち上がれ」と叫んでいるのだけれど、同時にホムラがその手で葬ってきた多くの亡者たちの影が黒い暗流のように身体に巻き付き、立ち上がろうとする彼を下へ下へと引きずりおろそうともしている、との描写からは、恐らくホムラが現在それこそ「歌声殺人」のようなやり方で当時自分たちを欺いた人間に復讐を実行して回っているであろうことも読み取れる。
すると本編7章あの絵画に狂わされたレーウィンもフェーンと同じく復讐の対象だったってことになるんやが、2章で判明したレーウィンの年齢が2048年時点で「39歳」だったのちょっと不自然よな?
赤い海の絵に宿った挽歌の夢で死んでるんだからもはや主犯くらいの勢いでいいはずだけど、仮にその虐殺が2034年ぴったりに行われていたとしてレーウィンは当時25歳、バリ若くないか…?
今スト5話にてホムラは「K」という陸で暮らす一族の生き残りのひとりに「僕が必ず君たちを家に帰すから諦めないで欲しい」と訴えるシーンがあるのだけど、もしかしたら万全を期してかつての一味だけではなく今後そちら側に転身するであろう危うい人間たちも同時に手に掛けてるのかも知れません。
ちなみにKは恐らくビロノ市内のある病院に随分と長く入院しており、最期は当直医が「なぜ生きていられるのか分からない」と言うほど虫の息だったが、「私はもう立ち上がることさえできない」「奴らにウロコを剥ぎ取られ、何度も血を抜かれ、ついにリモリア人ではなくなってしまった」とホムラに溢していることから、人間の目的が彼らの「血」や「ウロコ」であったことも伺える。
ぶっちゃけわたしはそんなことする人間まじ全員狂い死んでいいくらいに思うのだけど(殴、ホムラはKを見送る「海月の儀式」というリモリアの葬儀に参列した際どうやら何かを怖がっているような佇まいだったようだし、ルイスには「むしろセイレーンが人間たちの残忍さと狡猾さを見習うべきだ」なんて言い返していたことから、恐らく残忍で狡猾な者には完全には成り切れていない状態でこれを遂行してきてしまってるんじゃないかな。
全篇通して心の中が憎しみでいっぱいというよりは何かに奮い立たされているかのように見えるので。
タンレイ
ビロノでソプラノ歌手をしているリモリア人女性であり、ホムラの叔母に当たる人。彼らは互いにこの世でたったひとりの親族であると書かれていることから実際に血縁関係にあり、また「私の歌のレッスン料はとても高い」と発言していることから恐らく今回の舞台出演にあたりホムラに歌のレッスンをつけてくれていただろうことが伺える。
ホムラは彼女とカフェで落ち合い「例のもの」を渡すよう促しており、また手渡されたのは何かの「資料」で「手掛かり」とも呼ばれることからホムラの計画する復讐やリモリア再建の何か足掛かりとなるものなのだろう。
タンレイは「あのリモリアの事件」以降冷たく危うい岩礁のような人に様変わりしてしまったホムラを常に気に掛けており、「ビロノには慣れた?」「アート展に行ってみたら?」などと以前は燃える炎のような少年だった彼にかつての面影を探してみるのだけど、「慣れても慣れなくても同じこと」「どうせ来るのは今回だけだ」とすっかり心を閉ざしてしまっているかのようにも見えるホムラ。
紙を突き破りそうなほど強い筆圧で資料に載る人物の名前を書き写し早々に席を立とうとするホムラを引き留め、「あなたが全てをうまく処理できることは分かる」「ただ以前のように、」とタンレイは言いかけるのだけど、ホムラは言葉を遮るように「先日Kが亡くなった」ことを告げ、さらに「リモリアの生存者全員がいつまでも待てるわけじゃない」と残し店を出た。
この時ホムラの目には涙が光ったように見えたらしいタンレイ。彼女にはそれ以上彼に掛ける言葉が見付からなかった。
使命感のようなものに必要以上に駆られてしまっているようにも見えるのだけど、そうしていないと自分自身を保つことができないのかも知れないと感じられたのだと思う。
そうしてホムラは資料を携え臨空市に向かうクルーズ船で海を渡ってしまうのだけど、ビロノの街はオペラ歌手Moの魅力に取り憑かれた熱狂的なファンが理性を失い狂気に陥ったように次回公演を熱望する声を上げているようでした。
ホムラの目的はフェーンだったのでもう2度とビロノの歌劇に出演することはないのかも知れないけど、今スト1話にて詳細に描写されている彼の演技や歌はまじで人を惹きつけるとんでもない魅力というかカリスマ性というか中毒性があるんだろうなって心底思えるめちゃくちゃ見事な表現になってます。
前回の秘話でも同じこと言っちゃったかもだけど、「彼はあまりに魅惑的なのでただ生きてるだけで勝手に魅了されてうっとり微笑みながら死んでしまう人がいるんですよ」って言われても「まぁいるかもなぁ」くらい思えちゃうんだよな(真顔