幸運の循環
こちらはかつてのセイヤが「王位継承権を放棄しなかった」つまり指間の流星とは重なり合ったまた別の観測空間において、あらゆる時空を「星域」として同時に観測することができる多次元的な通信網「星間郵便局」の一配達員が、あるフィロス星域の終焉をひとりのフィロス人男性の生涯を介し最後まで見届けたことで、その無機的な視点に「人間性」のようなものが芽生えていく様子を一人称に近い心情描写で綴ったサイドストーリーとなっています。
月並みな感想にはなるが、フィロス人男性が地球で愛した女性は無論「私以外にも何人だろうとキュートなおばあさんに出会って欲しくて」彼とは別れを選んだものの「やっぱり私をいちばんキュートなおばあさんとしていつまでも覚えていて欲しい」想いは「有限だからこそ生まれる永遠性」を持つもので、その強さが引き寄せたのか「この宇宙に星間郵便局なんぞあるのか知らない」なんて言ってた彼女の方が配達員に「時間の断絶点」をとらえさせ、さらに「とらえたからには届けなければ」という使命感を芽生えさせ、「老けないじいさん」に辿り着き、最後は同じだけの愛を返されるというその人生そのものがまさに「幸運の循環」になっていて、さらには永遠に生きる者は幸運を「知る」ことすらできないが有限を生きる者は循環を「生む」ことさえできるというメッセージにもなっているのだろうと思ったよ。
セイヤを主軸とした物語はとにかく「生きることは伝えること」だと訴えかけますねぇ。なんとなくイタロ・カルヴィーノの『宇宙叙事詩』やテッド・チャン『あなたの人生の物語』を思わせるような短編哲学小説っぽさも感じられたかな。
星間郵便局
恐らくこれはフィロス人や地球人のような単なる宇宙文明の一員というわけではなく、時間と存在を横断しあらゆる時空に「手紙」を届けることができる高次的な物流部門である。終焉が近いフィロス星から古くて遠いのだという地球までをも時間軸上にではなく「星域」という「座標」でとらえることができるので、もしかしたら郵便局そのものはフィロスや地球のような「観測空間」にあるのではなくひとつ上位次元ないしさらに上の「意識場」に存在しているのかも知れないと思うなど。
局員たちは「番号」で呼ばれ、さらに配達員には「担当する星域」というものが割り当てられているのだが、星域の多くはしばしば「消滅」するもので、初めて自分の管轄下にある星域が消滅するときこそ多少は感情も湧けど、「何度も見るからそのうち慣れる」なんて言うんで彼らは本来それらには無関係である別の世界で生まれた存在、ただし配達員170043号が初めて地球に到達した際小さな女の子が一目見て「郵便配達のおじさん」なんて呼ぶので見た目は人間であり、同じ場面で彼は「皮膚の下の金属部品が地球の空気で腐食していくよう」な感覚を覚えていたりもするため「投射体がなければ視認できないエネルギー体」というわけではなく「有機物と無機物が融合した実体」を持っている、個人的には「元は人間だった何か新しい生命体」みたいなものなのかなって思ってる。
フィロス星域を担当している配達員170043号は、管轄下にあるフィロス星へは「ワープ装置」に飛び込むことで「実体」の状態で赴くこともできるようであるが、多くの場合は郵便物のみを「中継ハブ」なるものに投げ入れて発送し、書留に出くわした場合には「対応する時空にいる中継者に意識を送り込む」のだと言うけれど、これについては各地に意識を受信する器となる人型が駐在してるのか、もしくは現地の誰かの肉体を乗っ取ってしまうのかやや不分明である。
ただ、全体的なイメージとしては「神秘主義的なもの」が「科学の技術で実現できてしまったもの」って解釈でもいいんじゃないかなって。手紙を書いて出すという行為を「強く念じることで多層次元に想いを送信する」くらいに言い換えてしまっても差し支えないのではないかと。たとえば老いた地球人の女性が「届くか分からないけど手紙を書きたい」と思った瞬間、あるいはフィロス人の彼が「この想いをもう一度伝えたい」と願った瞬間、その地点から局体までの一時的な通信経路が形成される超未来システム、みたいな(てきとう
旧友
そんな職場で働いている170043号は、ある時ある星域を渡る際に「時間の断絶点」なるものをとらえた。これが具体的にどうこう解説されてるわけではないのだが、個人的にはそれこそ送り主の想いや思念みたいなものが「手紙」や「宛名」という形となり時空構造を横断して勤務中の170043号に新たな配送任務として届けられた、みたく絵本の世界のような理解でもいいのかなと思ってる。これを受けた170043号は早速「中継者の体を借りて」届け先の詳細も特に確認しないまま「フィロス宛て」のその手紙を配達しに向かってしまうのだが、どうやらそれは宛先の星域においては「反フィロス分子」と見なされるようなものだったらしく、「彼の意識を宿した中継者」は「反抗分子」として王都の時計塔の下にある白い広場へしょっぴかれてしまうことになる。
170043号はたとえばこの場でさっさと裁かれ消耗したり処刑されたりして中継者のエネルギーが尽きれば「本体」に戻ることができるため、他にもまだ配達し終えていない手紙を抱えているうえに終業時間が迫っていることから「残業したくない」あまりとにかく早く判決が下らないかとその場をやり過ごしているのだけど、一緒に捕えられた「反抗分子」のひとりが「言わせてもらうぞ」と勇み立ち、フィロス人の永遠の命とはまるで呪いであること、あらゆる幸福の瞬間を感じられないこと、生命への畏敬を失ったここの貴族たちよりも自分の心にある愛こそが永遠であり不朽であると大声を張り上げ始めた。
まるで聞く者の心を震わせる魂の叫びであるかのようなそれを「芝居がかっている」などと冷ややかに眺めていた170043号は、同じことを思っているのか何を言い返すこともなくただ沈黙する観衆を一瞥しさらに周りを見渡してみるのだけど、時計塔の影で「高い壁の端に立つ年若い女性」を剣の柄を握り締めながら見つめている若い「王太子」が何かを思ったように眉を上げるのが見えたが他に動きはなく、「反抗分子」たちはそのまま「森」へと連行されることになった。
わたしが今ストを少なくとも指間の流星とは重なり合うまた別の観測空間なんじゃないかと思ってしまったのは、この裁きの場に王が登場していない、にも関わらず、あちらでは「王太子擁立式典」を蹴って「女王」の即位までとんずらしていたはずの彼がここでは王太子であること、ただし王太子よりもよっぽど貴族たちがこの場を仕切っていたことなんかが理由のひとつだったりする。
中継者を含む「反抗分子」たちは罪人として「栄誉の洗礼」を受け罪が洗い流されれば新生を得られると聞かされ森の奥懐まで連れて来られるも程なくしてその実態が「空虚な星の心が動き続けるための燃料にされること」であると分かり、そうしてすべてがエネルギーに変わるのを待つ間170043号は先ほど大声で異議を申し立てていたフィロス人男性が引き続き嘆くのを傍らで聞かされることになるのだが、その男性は「ある時点でエネルギーを使い果たしてはまた新しい時点に放り込まれる」「いつになったら終わりが来るんだ」「この永遠の命の呪いを終わらせてくれる者はいないのか」って言うのよね。
これも指間の流星では森に踏み入れば人は「ワンダラー」となり「新たな時点で再び生まれる」なんてことは起こらなかったはずであり、逆に死者として死を繰り返す亡霊だけが存在する灰城のような状態へは徐々に近付いているかのようにも見える。
フィロス人男性は初対面である170043号に「君も死なないようだがどこから来たのか」と気さくに話し掛けてきて、ずいぶん馴れ馴れしいと感じながらも自分が「星間郵便局から手紙を届けにやって来た」と告げたことで彼はその手紙の宛名が「老けないじいさん」つまりその男性であることに気が付き思いがけずその任務を完遂することができるのだけど、手紙を受け取った男性はそれが何やら「地球」で出会った「彼女」からのものであるらしいこと、そしてかつて彼女と交わした「この声が誰かに届くまで叫び続ける」という約束を思い出し、170043号には「返事を書くから届けて欲しい」と訴えてくる。どうしてこの地球からの手紙が「反フィロス分子」と見なされたのかは分からんが、たとえば有限こそが永遠だと主張するような地球の哲学があるいは「栄誉の洗礼」やフィロス王室の権威を冒涜するようなものだと解釈され得るということだったのかも知れない。
もちろん地球という星域はあまりに古く遠いので「中継者」を用いることもできず恐らく「届けることはできない」だろうと170043号はそれを断るのだけれど、男性は「それでも構わない」と言い「どうせ私達は死なないのだからいつか実現できる」とすでに何かを心に決めてしまっていたようで、今まさに星の燃料と化す最後の瞬間も屈託のない笑顔を見せながら「君に出会えて良かった」と嬉しそうにするのだった。
こうして「共に死に赴く」という印象的な出会いから170043号はその男性を「旧友」と呼ぶまでになり、やがて仕事とは別の「プライベート郵便袋」なるものに「旧友があの古い惑星に宛てて書いた手紙が詰まっている」なんてことにもなってるのでふたりは相当長い間親交を深めてきたんじゃないかと思う。きっと届くことはないと本当は分かっていたとて「手紙を書き続けること」が旧友の心のよりどころだっただろうし、170043号もまた彼の人生において唯一「真の意味での永遠」を知る者たる旧友から長らく「感情」というウイルスの感染を受けついに「人間性」のようなものが芽生え始めていたのではないかな。
世界線溶解
ある日170043号は自分が配達を担当する星域の全体マップを開くと馴染み深い方角で「警告」の文字が点滅していることに気が付いた。そして「フィロス文明」のステータスが「世界線溶解中:進行度7%」になっているのを確認するや否や、何かに突き動かされるかの如くすぐに郵便袋を背負い「ワープ装置」へと飛び込んで、隣で見ていた先輩配達員「002761号」がやれやれといった調子で別に無念がるようなことでもない「よくあること」だし「そのうち慣れる」と背中に投げる声には「慣れる必要なんてない」と心の中で抗議する。
フィロスに到着するとすでに大気圏外を覆う保護シェルは消滅し始めており、結晶化した空気が雪のように舞い、世界は砕け散るでも損壊するでもなくただ時間の奔流の中に呑まれ少しずつ燃えて灰になっていくように見えた。
旧友はのんびりと屋外に座り、王権の頂点にある時計塔が大地の振動によって崩れ落ち城門から飛び降りてきた狼狽した貴族たちがついに滅亡を悟り「抱擁」や「キス」で別れを惜しむのを「彼らが最後に覚えた一生のうちにしたことの中でもっとも有意義なもの」だと眺めているようだ。
宇宙の崩壊を前にしてようやく人は「自分が最もやりたいことをする」のだと170043号は思った。これは「有限」の中にしか生まれない「有意義」であり、それまでは多くの場面で旧友が「人間」を自称するのを口うるさく「フィロス人」だと訂正してきた彼だけど、紛れもなく「有意義」な生き方をしてきた旧友は本当に人間だったと言えるのかも知れないと少しだけ認めたいような気持ちになる。
旧友は彼に「最後の手紙」を託すとおもむろに彼を腕の中へと引き寄せ「永遠の別れ」を口にしながら背中に回した手に力を込めてきて、どうすべきか戸惑う彼は「周りのフィロス人たちの真似をして」ためらいがちに肘を曲げ同じように旧友の背中を叩き、さらに初めて出会った日に自分が告げられたのと同じ言葉「君に出会えて良かった」と告げてみるのだけど、すると旧友は突然驚きと喜びの表情を浮かべまるで「長い間考えていた問いの答えがようやく見付かった」かのように生き生きとした様子で懸命に「何か」を返答してくる。
ただし「真空中」となったその終焉の世界はすでに音を伝えることができなくなっていて、170043号は旧友の腕が、体が、微笑みが、顔が、宇宙の塵となり溶けて消えていくのをただ見つめるばかりで「最後になんと言ってくれたのか」これは一生かかっても答えの出ないであろう問いが残されたと感じてる。
たぶん、170043号はフィロス人の真似をしてフィロス人の旧友に言われた言葉を形式上そのまま口にしたのではなくすでに「心から」旧友に「出会えて良かった」と思っていたのだろうね。だからこそ返答が聞きたかったし、きっと「一生答えを求めてしまう」ことを直感してそんな風に思ったのではないかな。これも広義には有限性から生まれた永遠性であると言える。
星間郵便局に戻った170043号は、消えゆく生命からの最後の手紙を手に、長い葛藤の末、郵便局の「中継ハブ」に手紙ではなく「自分が」入ることを決意した。それは決して容易なことではなく危険を伴う行為に違いないのだけど、彼はたとえその代償が永遠に戻れなくなるかあるいは時空の裂け目の中で消滅することであったとしても「数千年を生きた旧友が最後までただそれだけを忘れられずにいたほんの数分を過ごした場所」をその目で確かめてみたくなったのだ。
最後の手紙
旧友が最愛の人に宛てた最後の手紙はまさに世界線溶解のさなかにしたためられたようだった。窓の外に広がる終焉の光景はまるで彼女と暮らし始めた頃に突然部屋の水道管が破裂したある日の午後を思い起こさせるようなもので、床が水浸しになりふたりはパニックになるが慌てて対処して元通りになったときはソファに寝転んで笑い合い、そのときに感じた同じ騒がしさと「喜び」を感じさせる景色なのだと書き残されている。
それは無限に続くとも思われた「永遠の命」という呪いが「流れ去っていく時間そのもの」となって原点と虚無に回帰し、ようやく別の世界で彼女と再会できるひとりの「人間」になれることへの喜びそのものであった。
旧友はかつて彼女と過ごした日々を今でもまだ昨日のことのように振り返ることができ、フィロスが「無意味」なものと定義した「原始的な欠陥」と呼ばれるさまざまなもの、たとえばスーパーの冷凍ケースの前でアイスの味を30分も悩む人や、地下鉄で見知らぬ人の肩にもたれて居眠りするサラリーマン、落ちたホウオウボクの花びらを昼寝中の子猫の背中に乗せる大学生、そういうたくさんの生気に満ちたくだらないものがきっと人生最後の日まで紡がれて継承されていくのだろうそんな世界が今も想うだけで涙が溢れるほど恋しいのであって、「虚無そのもの」であるフィロスの消滅はまるで「閉まりの悪いキッチンの蛇口から滴る水が止まること」や「洗われた服からシワが消えること」のようにどうってことないのだと。
実はこの手紙にはどうしてこの旧友がフィロスから地球に辿り着き彼女と出会い再びフィロスへ帰って来ることになったのかその経緯についても詳しく綴られていて、それは永遠の命の最初の数百年を過ぎた頃「意味」を感じ取る能力を失い生命が生命でなくなっていくのを自覚した旧友がそんな呪いのような永遠からどうにか逃れるために「フィロス星域の辺境で見つけた小さな渦に身を投げた」ことが始まりだったらしい。
身体は「時空の裂け目で流れのままに漂う欠片」となり、あちこち飛ばされるうちに時間も連続性を失いこのまま時空の狭間に囚われてしまうかのようにも思われたが、どういうわけか最後は地球へと辿り着き「一生で最も美しい光景」を目にすることになったという旧友、それから臨空市で愛する人と出会い、共に30年を過ごし、とは言え年老いていく彼女は歳を取らない自分と次第に手を繋いで外出するのを拒むようになり、ついには別れを告げられ、ひとりあちこちを放浪していた頃に2034年裂空災変が起こり空には突然深空トンネルが現れたって書かれてる。
なんか、今回改めてセイヤの言う「崩れかけたフィロスの宇宙」を「星域」と呼んでもひとつ上の次元から俯瞰させてもらったことで、なんとなく本編臨空市に深空トンネルが出現したのは「宇宙が自ら歪みを補正しようとしたから」なんじゃないかって気もしてきちゃったな。
フィロス星がある星域で永遠の命を得て「動き」を止めたとき、その「時間の流れない文明」が本来なら絶えず膨張する絶えず時間が流れる時空の不均衡点となって「辺境で見付けた小さな渦」とやらを生み、さらにその向こうにある別の時空座標に時間差で災変が起こるのは、何かこう深空を全体図で見たときに両者は対称点に位置してて、全体が元の状態に戻ろうとする過程で空間が裂けてそこが通路になってるのが深空トンネルなのかなと(意味不
そう考えると「閉まりの悪いキッチンの蛇口から滴る水が止まること」や「洗われた服からシワが消えること」もなんとなく「小さな問題が修復されること」の意であるように思えてくる不思議。
あとはもしかしたら「次元コア」なるものもこうして「時間の流れない文明」からやって来た「とある永遠の命」の一部なのかも知れないと思ったり。
170043号は「ジェットコースターマスター」なる謎ゲームをプレイしているのと同じ「最悪の気分」の果てに無事目的地へ辿り着き、手紙を受け取った老いた彼女の瞳に旧友が遥かな時空の物語を語るときの「銀河が丸ごと収まった」かのようなあの輝きと同じものが宿るのを見て、あるいはかつて旧友が想い馳せていた同じ景色をようやく自分も思い描くことができたとついに感じることができたものの、なぜかすぐには郵便局へと戻る気になれなかった。
先輩配達員002761号からは「いつまでもお前のために中継ハブを見張ってられない」のだから「早く戻るように」と頻繁に連絡が入り、170043号は「経験上3日後には返事が投函されるはずだからそれまでここに留まる」と返信したいのだけど、地球は「原始的で閉鎖的」であるらしく必ずしも送信が上手くいくとは限らないうえに「死人に返事を書くやつがいるか」なんぞ亡き旧友を中傷されたことに腹を立て、ついには連絡を放棄し「たった3日なのだから」と短い自主休暇をもうけることにしたもよう。
これはもちろん地球そのものが珍しく興味を湧かせたのも理由のひとつなのだろうし、恐らく42号禁猟区に乗り捨てられているロールバックⅡ号なのだろう「人里離れた場所で磁場を乱し人が近付けないようにしてある巨大なリング型の宇宙船」が「旧友と似た時空の気配をまとっている」ことに何かを感じているようでもあるのであるいは「旧友の生きたかった世界」を満足のゆくまで胸に刻もうと探索したかったからなのかも分からんが、何より「最後の手紙」には深空トンネルの出現により旧友と最後の再会を果たした老いた彼女が「早く行きなさい」と愛する人を裂け目に押しやるとき、旧友はとにかく彼女に「出会えて良かった」と告げることが精いっぱいで、確かに彼女の唇が動くのを見たが「なんと答えてくれたのか分からなかった」と書かれているのよね。つまり170043号は彼女からその返事をもらうことで自分が旧友に告げた同じ言葉の返答がついに分かるかも知れないと期待してたんじゃないかなって。いや勝手に人の手紙読むのやめな? とはもちろん思うけど←
問いの答え
そうして3日経ち、170043号は再び臨空市のその老いた彼女の自宅へと赴くが、家には「黒い礼服を着た人々」が何やら頻繁に出入りを繰り返しているのだと言い、すると彼女はかつて愛した彼からの「君は私が出会った中でいちばんキュートなおばあさんだ」なんて言葉を待って旅立っていった、って結末だったのだね。なんか、きっと本当にお似合いのふたりだったんだろうなってすごく思う。絶対に「次の世界」でもふたりは出会い恋をして今度こそ一緒に歳を取りお互いにたったひとりのキュートなおばあさんとハンサムなおじいさんになるに違いないって思ったよ。涙
170043号は老いた彼女の「ひ孫」から3日間待っていた「ひいおばあちゃんが書いた手紙」を預かることになるのだけど、それは旧友に宛てられたものではなく「郵便配達のおじさん」つまり自分へ宛てられた手紙だと聞かされるのだよね。これを受けた彼は旧友が手紙を読むときの習慣をそっくりそのまま同じように再現してみようと思い立ち、近くのカフェに寄り、手を洗い、心地よい椅子に腰掛け、厳粛な面持ちで封筒を開いてみたりする。するとそこにはたった一行「あなたに出会えて良かった」とだけ書かれた便箋が現れた。
その瞬間カフェには若い男女が入店し、不意に視線をそちらへ向けた170043号は、男性の方が「あの高い壁の上に並んでいた無数の無表情な顔の中で唯一瞳に光を宿していた王太子」であることに気が付いて、さらにその王太子こそが「永遠の命たる呪いを断ちたい」という我が旧友の切なる願いを叶え心残りを解消させてくれた本人であると振り返る。
今はパーカーを着て「古い地球の人々に紛れている」この王太子がいつか「未来のとある時点で生命を本来の意味へと回帰させる」ものと170043号が確信してるのは、3日前に見届けた「旧友のいたフィロスが旧友の切望する終焉を迎えられたこと」を指していると思っていいのかな?
旧友が事あるごとに「成功するか分からないがやらなければならない」だの終焉を目前に「私は成功した」だの言ってたのは「反乱軍」ないし「巡礼廃止」を支持するセイヤ側の勢力に属する追光騎士だったから、って話だったんだろうか(悩
いずれにしろ170043号はこの王太子に再会し「もしも旧友がここに生きていたら彼に何をしたいと思うだろう」と考えあぐね、かつての旧友と同じように「芝居がかった」動作で彼の前に立ち、もう存在しない旧友の言葉「あなたに出会えて良かった」と告げてみることにする。
するとセイヤは困惑しつつもなんとなくこの唐突な挨拶を受け入れて、ただし何を返すでもなく隣の女性と連れ立って席に着いてしまうのだが、170043号はその女性が「どんな時でも永遠にあの王太子の視線の焦点にある」確かに見覚えがあるその人であること、そしてふたりの間を交差する眼差しはまるで旧友や老いた女性に垣間見たそれらと同じ「愛し合う人間だけが持つ独特の輝き」を放っていることに気が付いた。
最後は何やらつられてしまったのかセイヤが彼女に「あんたと出会えて良かった」と伝え、さらに彼女からは「私も出会えて良かった」と返されて、そんな会話を耳にした170043号が「何度も聞き逃してきた答えをついに知ることができた」と結論して物語は締め括られるのだけど、いやー溜息が出るほど美しいねホントに(拍手
つまり「出会えて良かった」のは「幸運」で、「私も」だと返されるのはその「循環」なのだよね。時間の断絶点をとらえた彼やたとえ時空の裂け目の中で消滅することになっても手紙を届けたい衝動に駆られた彼はまだ「地球の老いた女性」の生んだ幸運の循環の一部に過ぎなかったけど、セイヤが彼女に言われたように、あるいはかつて旧友が愛する人に言われたように、自分も旧友には「同じ言葉を返されていた」のだと気が付いて、170043号もまた「幸運を感じ取ることができない存在」から「幸運の循環を生むことができる存在」になったのだと。
その後の170043号がどうなったのか、予定通りこの日を限りに郵便局へ戻ったのか、あるいはここに留まりたくなり今も臨空のどこかに紛れて暮らしているのか、帰りたいけど「お前のために中継ハブを見張ってられない」といまだ突っぱねられているのか正直どうとも読めるとは思うのだけど、個人的には「そのまま居てくれていいよ」と声を掛けたくなってしまったな。地球人代表としてな(だれ