あの絵
文字に「迫力」を喰らって読後しばらく放心するという体験をわたしは何年ぶりにしただろう(震
割と仄暗いテイストで描かれがちである彼の個ストの中でも今回は特に現世ホムラの中にあるもっとも痛ましい部分をむき出しの状態でぶつけられ一緒に息を止め一緒に血を流したかのようなちょっと言葉にはできない凄絶な読み心地だったな…
この子が今「君と見た海」を絵にすることができるのってまじで奇跡だと思う。それも幼い頃「司祝」から学んだまっさらな絵の原点に戻って「今日の気持ちが詰まってる」「この先これを見るたびに今日のことを思い出す」「もしかしたら君のことも思い出すかも知れない」ある日の自分の表現としてまた「海」が描けるようになる。
イバラ港の少年ホムラにはまさか信じられないだろうね。喪失があり、苦痛があり、復讐があり、今でも死者がいる「僕の海」を、それでも「君と見た海」と呼べる日がくるだなんてさ。涙
芸術展
陸に上がってからの数年間、ホムラは「アンライ」というリモリア人男性(眼鏡)と共に「居場所を知られたり一族の新たな手がかりが見つかったりするたびに」引っ越しを繰り返しながら各地を転々と流浪して生きてきたらしい。ある「一族の者」からホムラのもとへ短い手紙が届き、するとホムラは目を通すなりその便箋を「灰」にして、アンライには次は「イバラ港でプライベートな芸術展が開かれるから」とどこか要領を得ない理由だけを説明し、ふたりはまた別の町へと引っ越す。恐らくアンライはホムラが「何かを追っている」「過去に関わる危険なことをしている」くらいは察していたと思うけど、本人が話さない限りは踏み込まない距離感なのだろうね。
手紙の送り主である「一族の者」はスト終盤で次の引っ越し先になる「気候のいい小さな町」で彼らを待つホムラの唯一の肉親「タンレイ」と読んでいいと思う。秘話『セイレーンの歌』を読む限り彼女はビロノでホムラに「資料」とも「手掛かり」とも呼ばれる「例のもの」を手渡すし、その際「あなたが全てをうまく処理できることは分かる」「ただ、」と言いかけた言葉を彼に遮られている。たぶんこの当時彼の「復讐」を唯一把握していたのがタンレイで、とは言え「紙を突き破りそうなほど強い筆圧で」容疑者の名前を書き写した直後「目には涙が光ったようにも見えた」そんな危ういホムラに掛ける言葉が見付からず、迷いや葛藤はありながらもこうして協力を続けてきたんじゃないかな。
晩秋は「海が吐いた溜め息のような」晴れない霧に包まれているという「イバラ港」は「身を潜めたい者」や「密かにこの世から消えたい者」など合法非合法の曖昧な人間や物資が吹き溜まるような港町。誰にも素性を問われないその場所を「別荘地」に選ぶ富豪やトップコレクターたちの中には当然「表の肩書き」だけでは分からない後ろ暗い背景を持つ者が少なからず混じっているのだろう。
地元の富豪層がとりわけ好んでやって来るというとある「宝石店」の店主は、どうやらそうして持ち込まれてくる決して公にはされない入手経路を持つであろうあらゆる素材や原料を、彼らがやたらと価値を付けたがる「生命感」なるものが溢れる商品に加工させ高値で売り叩いている、いわば「闇市場」と「高級美術市場」を繋ぐ人間であるらしい。一方インハウスデザイナーとして店に雇われていると見える「テイラー」は、お前が手掛けたこのネックレスには生気がない生命の輝きがないだのと難癖をつけてくる店主に「真珠とは貝が苦痛の末に生み出した涙」でありそれでもなお「笑え」「輝け」と要求するのはあまりに身勝手だなんて反論ができる、無論「売れるもの」ではなく「素材や作り手の感覚を尊重したい」職人側の人間である。
ふらりと店を訪れたホムラは当時「20代半ば」と見えるテイラーの目から見て「せいぜい16、17歳ほどの少年」であるらしい。工房へ招き入れあれこれ宝石を並べて見せるも少年はそれらには目を留めず、代わりに端に開いて置かれていたコレクション冊子に「希少な素材をすりつぶして作られた特殊な絵の具で描かれている」「その色合いは独特で再現不可能な生命の質感を宿している」などとある「絵画」の作品紹介を読んでいる。さらに隣に置かれた「芸術展関連の別の注文書」や「デザイン画」を確認すると、それらが「大口のクライアント」から渡された参考資料であり宝石も作風を寄せるようにと依頼されているらしいこと、「でもいかにも俗っぽいだろう」なんてテイラーの小言を聞いて程なく「また来るよ」と言い残しホムラは店を後にするが、手の平には「強く握りしめたせいでついた爪の痕」が残されていると。
つまりホムラは「あのリモリアの事件」で奪われたあらゆる海の命の流通経路を追って今回辿り着いた「イバラ港で催されるプライベートな芸術展」に招待枠のコレクターとして来場するのだろうその「復讐の対象者」がこの店の「大口のクライアント」であることを特定し、あるいはそいつが見せびらかしてる自慢のコレクションの「生命の質感」がどこから来たものなのかも察しがついたのだろう。そして現在テイラーに新たに作らせようとしている宝飾品にも「作風を寄せて欲しい」というほど甚く気に入っているのが「絵画」であることを知り、ならば「冠」を編み上げてみよう、それは相手が自ら進んで手に入れたくなるような戦利品、一枚の「致命的な毒を染み込ませた絵画」にしようなどと思い立つ。
ホムラはもう何年も筆を取っていないが長らく頭の中に巣食っていた考えがついに冷たい炎をまとい全ての迷いを焼き尽くしたってことなんで、これはたぶん本編1部2章レーウィン邸のコレクションルームにあったあの赤い海の絵画と「同じ何か」を「絵の具や画材に含ませる」ということを彼が「初めて実行に移した瞬間」なのだろうと思う。その「何か」とは1部7章「海底のリモリアと呼ばれる場所にあった珊瑚」であり「人に幻を見せる不思議な効果があるもの」とホムラ自身が説明してたけど、今となってはこれも事実しか述べていなかったのだろうな。ただし接触した誰もが同じ幻を見るわけではなく、恐らくは「海の寛容さを服従と勘違いし深海の残酷な色を忘れてしまった人間」に限り知覚や認知が狂い精神異常をきたして危険行動に及び勝手に死んでしまうようなもの。
ここは本当に壮烈な描かれ方をしているが、ホムラは相手が自ら進んで手に入れたくなるような「生命の質感を帯びた海」を描こうとするほど少しずつ絡み合いながら形を成していくまるで「千からびた血管のような」赤褐色の線がキャンバスの織り目から握る絵筆に絡みついてくる感覚に陥っていくのよね。ホムラの筆から自然に出てくる「海」が今は青い生命より赤い死を連想させる「血を抜かれた有機物」の像になっている。しかもそれらが彼の筆を締めつけてくる、つまり彼が自由に自分の絵を支配できない、過去の記憶や感情が勝手に線となり描き手であるホムラの方を捕まえている。
そして少年の細い指先が力を込め過ぎて小刻みに震え出し、やがてキャンバスが裂けて絵筆は床に転がり落ちる。これは物凄く身体的な「拒絶反応」だと思う。もはや絵を描くという行為そのものが何か耐え難いものを無意識から呼び起こすものになってしまってさえいるような。慌てて狭い洗面所に飛び込んで蛇口をひねり水に顔を沈めるホムラは、見知らぬ水、澄んだ水、海とは全く異なるその水が「それでも海と同じように無言の慰めを与えてくれる」のをしばらく感じたあと、今度はその「迷いが絡みついた線」をキャンバスごと残らず燃やし尽くし、転がった絵筆を「鋭利な短剣を握りしめるかのように」拾い上げた。
たぶんこれはホムラが子どもの頃に絵で表現していた「今日の気持ちが詰まってる」「この先これを見るたびに今日のことを思い出す」そんな描き方ではもう海が描けなくなっていて、今このとき迷いは全て焼かれて何かが一線を越えた、絵筆は短剣になった、キャンバスは暗殺の道具となった、そんな場面なのだろうと思う。ちょっと言語化できないんだけどなんか普通の精神状態のまま読めなかったよ。苦しかったとても。涙
額装
そうして「絵」が「武器」に変化するとホムラは真っ白なキャンバスを前に「初めて表現したいものがない」という心地だった。これはもう自分の内側から何かを出したくないという状態に近いのではないかな。もちろん彼は足を海に浸しながら「記憶の中にある」深海の景色、緩やかに漂う奇妙な海藻、光の届かない暗がりの片隅、中央で唯一冷たい光を放ちながらゆったりと身を広げる「クラゲの絵」を描き上げるけれど、それは「筋肉の記憶」が導いた風景画であって「感情」や「意思」ではない「身体に染みついた技術」だけで描いたもの。絵を描いているのではなく「息をのむほど美しい罠」を仕掛けているのだとも語られるが、標的が潜む「白い別荘」を望める岬でそれをしている辺りあるいは武器に弾薬を装填する狙撃手のようでもある。
ホムラから「複雑な宝石の象嵌細工を施した特殊な額縁を作って欲しい」という注文を受けていたテイラーは、なるほど芸術展に各地からトップコレクターたちが集まり盛況するだろうこのタイミングで少年は自分の作品を出展し画家として名前を売る戦略なのだろう、なんて本腰を入れて仕立ててくれていたらしいその額縁を後日部屋まで届けに来てくれた際、ちょうどホムラが最終調整の筆を入れていたあまりに没入感のあるそのクラゲの絵画を見て「これは何を表現するために描いたのか」と尋ねるが、ホムラは「深海の景色をただ記録しているだけ」だなんて努めて素っ気なく答えてる。表現なんてしていない、ただ記録しただけ、これは僕の感情ではない、僕自身じゃないと必死に距離を取ろうとしてるみたい。涙
時間通りに発送するだけのありふれた荷物を扱うかのように淡々とした手付きで絵を額に入れ木製ケースに収めると「芸術展当日まで開けないように」とだけ言い添えてそこから先の出展手続きや搬入や作品の紹介は全てテイラーに任せると言うホムラ。せめてこの絵に名前くらいあるだろう、聞いておかないと紹介する時に困るじゃないかと訊かれれば「名前はないよ」「好きに書けばいい」なんて言うんだから、もはや「無名の画家が名を売るつもり」であるどころか額装がテイラーであることを利用して出展を店に託すことで「作者は身を隠してる」くらいなんだよね。
鑑賞会
芸術展に宝石店が出展した作品は全てに買い手がつき、ホムラの絵は思惑通り「白い別荘」の家主が高値で買い取った。これ確かレーウィンのときもそうじゃなかった? 個展で数ある作品の中からなぜかそれだけを気に入って、心酔して、執着して、絶対に譲って欲しいと何度も交渉を持ち掛けてきたって。今回もこの富豪は自分から彼の絵を選び、高値をつけ、自分の別荘へ持ち帰ってコレクション館の中央に飾り、さらにその晩それを仲間内に披露するための「鑑賞会」まで開いてる。古い海の力がそうやって手をこまねくのか、あるいはデスノートのように描き手が対象を選べるのかな(ちがう
鑑賞会には絵画の作者である「無名の画家」と額縁の作者テイラーも招かれることになるけれど、結局ホムラとは連絡が取れないままひとり足を運んでみることになるテイラー。すると窓がなく閉鎖的で人工的な白い空間に陳列している巨大なクジラの臓器標本、正体不明の液体に浸けられた深海魚の胎児、難破船から引き揚げられた骨董品に至るまで展示室はまるで「整然と切り開かれた海の墓場」のような装いで、初めて目にしたときには「冷たい海水が明滅する光を目の前に運んできてくれそう」だなんて感じたあのホムラのクラゲさえそこでは「とうに息絶えて冥府の川の果てを漂っているかのよう」に見えた。
テイラーはそうやって価値ある作品がただの悪趣味な収集品と化してしまうその部屋に嫌悪感を覚え、ホムラが来なかったのは「本当に賢明な選択だった」なんて思いながら早々に立ち去ってしまうけど、ホムラは深夜になるとその同じ部屋の外の廊下の陰に現れて、やがて中から家主の金切り声と共に標本棚が倒れる轟音やガラスの割れる音が響いてくるのをじっと耳を澄ませて聞いている。
ようやく音が静まった頃に踏み入れば富豪は「深い恐怖」を湛えた「大きく見開かれた両目」と手には「短剣」が固く握られたまま事切れているわけであるが、これは状況的に見て夜中に突然ひとり錯乱し、叫び出し、標本棚を倒し、ガラスを割り、何か幻覚に対して短剣を振るっているうちに最期はとても恐ろしいものを見てそのまま死んじゃった、みたいなことになるのかな? ホムラは「相手がもう二度と声を発することができなくなってから」手をこじ開けて短剣を抜き取っているんで死因は「窒息」っぽくもあり、それでも「誰かに襲われた可能性」を僅かでも残さないために短剣だけは処分しておこうって感じだろうか。
毎度「絵画」で死んでいく人たちはどこか『羅鏡の儚き声』海神ホムラが「リモリア人に近付いてしまった人間が迎えるでたらめな最期」として語った「口と鼻から入り込んだ海水が喉を満たし陸地で溺れ死ぬ」を思わせるような変死になることが実はまだちょっと気になっているのだけれど(しつこい、ホムラはその短剣を海に落とし、それが遠くまで波に押し流されゆっくりと暗い海面の下に消えていくのを眺めながら自分も一緒に冷たい海水に抱かれ音も光もない深海をただ漂っていくような感覚に浸り、やがて「一切の感情」が水のごとく引いていくと身体にはただ疲労感だけが残る、なんて描写からは、まるで短剣が相手を深海へ葬り去る儀式に必要な祭具であったとも、同時にホムラが何にも繋ぎ止められず海にこの一夜の全てを預けるための身代わりであったとも読めるよね。
作り手の影
それから程なくしてテイラーは宝石店を退職し、埠頭の近くに借りた店舗で自分の工房を開くことにする。荷物が運び込まれ看板が掲げられる頃ひどく顔色の悪いホムラが訪ねて来て、テイラーには「これからもずっとジュエリーのデザインを続けるのか」と問うてくる。しかも先に「君はまだ絵を描き続けるのか」と尋ねられ、これには返答せず代わりに問い返していると。
テイラーはもちろん職人側の人間ではあるけれど、ぶっちゃけ雇われていた頃は富豪の持ち込んだ「決して潔白とは言えない」素材を自分の作品にしてきた人でもあるじゃない。もちろん「貝の涙に笑えなどとは言わない」己の感受性まで捨ててしまうようなことはしないけど、少なからず由来の怪しい素材を加工する商業システムの中で創作をする立場ではあった。そんな彼にこれからも創作を続けるのかという問いは、あるいは「僕はこれからも絵を描けると思う?」「一度は武器に変えてしまった絵筆をまた絵筆として握り直せると思う?」みたいな、まるでホムラ自身に返ってくる問いでもあるのよね。
これにはテイラー自身も「今の質問は自分に向けられたものではないのかも知れない」と感じ、まだ整理されていないエ具の山から銀のブローチの原型を手に取って見せながら「これは誰かに見せるためでも売るためでもない」つまり「目的」があって作ったものではなく「下絵を描いて叩いて削ってその過程がとても楽しい」から生まれたものだと言い添えるのだけれど、これも創作を仕事にしているテイラーにはもちろん人に売るため評価されるために作る作品がある、一方で「作りたいから作る」という回路も持っている、君の絵筆は必ずしも武器に変わってしまったわけじゃなくて、君自身がただ描きたいと思うときにまた絵筆に戻るのだ、という諭しのようでもある。
加えて何がどうであれ「作り上げたものには必ず作り手の影が宿る」のだとも言い、テイラーはホムラが決して創作意欲からではなく暗殺という「潔白とは言えない」目的のために築き上げたあのクラゲの絵について、何も知らない彼から見れば「深海を描いているが作者の心にはきっと炎が燃えているんだろう」とそんな風に見える作品だと伝えてくれたりもする。
これはホムラにとって救いでもありながら少し怖い言葉でもあるよね。なぜなら彼はそれが「ただ記録しているだけ」の絵画であり自分の感情でも表現でもない「冠」であり「戦利品」であり「罠」であり「美しい墓」であり殺すための道具だと何度も反芻してきたわけだから。ところがテイラーはそれでも描くという行為の中には「君自身が残る」のだと言っている。「一度汚れた創作はもう純粋な創作には戻れないのではないか」という問いに対し、そもそも創作とは純粋か不純かの二択ではない、「何のために作ったか」だけで作ったものの意味は決まらない、どんな目的で生まれても「作ることそのもの」に「また別の価値」が必ず残るものなのだから、という回答になっているような気がする。
わたしはこの後の「お金の流れ」にもちょっと意図があると思ってて、ホムラにとって「あの絵」でしかなかったそれは目的を果たすために消費され彼は手元に買い付け金を残さない、ただしこれに「深海を描いているが作者の心には炎が燃えている」と「また別の価値」を見出したテイラーは額装して「深海へ」なんてタイトルをつけて出展し売上金を自分が工房を開くための資金にする、そして最終的にそれとは別のお金でテイラーが「深海へ」を買い戻しホムラに贈るとなると、なんとなく彼の元へ戻って来たときにはもう「目的」ではなく「作ることそのもの」につく「また別の価値」だけが残った状態の新しい作品に生まれ変わっているような気がしない?
おまけにテイラーの方も「自分が価値を見出したもの」から始まった工房を原点に吹き溜まりの港町から少なくとも臨空へは気軽に往来できる都市部に拠点を移し2048年には「ガーデンウェディング」ができるほどの立派な個人庭園を持つ成功したジュエリーデザイナー兼植物保護活動家になっているという。
ひと月後ビロノへ向かう船の上でスケッチブックを開くホムラは、先日半分ほど描いたところで鉛筆の先に深紅が滲み出して見え「あの大きく見開かれた両目を思い出し」描き上げることができなかった「雨水と枯れたポトスの絵」をしばらく見つめた後、そっとページをめくってまっさらなページにまた木炭を走らせる、とあるけども、思えば自分自身の傷が入り込んでしまったあの最初のキャンバスを存在させておくことができなかったホムラがここで「描けなかったものを描けなかったまま残せる」ようになっているのよね。絵筆が武器になったことを燃やして取り消してしまうのではなく、武器になり得ると知ったあとでも「ただ描きたいときに描いていいものなのか」「また絵筆に戻るのか」ここからもう一度試し始めるというラストだったのかな。
ホムラはそれでもやっぱり絵が好きで、描きたいから描くということを決して辞めなかったんだね。