真実はあなたの為に
今あなたが触れているのは真実の輪郭?←
配信中の『ブレードランナー2049』コラボイベントにて、ログボついでにイベントトークやらイベントコンセプトを黙々と消化していたら、何かこう人間とレプリカントの境界線、記憶の真偽、あるいは愛ってなんだろうなんぞあれこれと考え至るものがあり、これは自分録としてぜひ残しておきたい、と言いつついざ綴ってみるとちょっとあまりに唐突なものがあったんで、いっそひとつの作り話にでもしてみるか? などと思い立ち、せっかくだからと『恋と深空』の世界設定をお借りして人生初の「創作」というものにチャレンジしてみたのよね(無謀
書き終えてみて改めて、やはりわたしは作者ではなく読者なのだなと痛感したよ。あるいは作家ではなく読書家でありたい、とも思った。と言うのも、読者から見たストーリーテラーって自分の生み出した世界や人物たちに我が子のような愛おしさを抱くところから作品を組み上げているように見えるねん。どこかで彼らが作者の手に負えなくなっていくような独創性を持ち始めると言うのかな。もちろんすべての作家先生が必ずしもそうとは限らないのだろうし、これはわたしが一読者として読み物から受け取ってきたごく一面的な憧れのようなものなのだけど。
ところがわたしの場合まず始めに強い思想があって、世界や人物たちはそれを述べるための表現手段としてあくまで自分語りの中に都合よく配置しているような感覚があった。だから始めから終わりまで抑揚なく予定調和で先が読めるような展開になるのだろうなと。自分の書いたものを今一度読み手に戻って頭から読み返してみたとき、書き手のことは充分に理解できたが読後ここに登場する人物たちの人生をもっと見てみたいと感じるには物足りない、という批評になったよね。改善案はいくらでも思いつくし、推敲を重ねればもっとマシな仕上がりになったのかも分からんが、そう何度も読み返す気になれなかったというのも致命的。論文の校閲は飽くることなく何日だって熱中し続けていられるというのにな。
たとえ二次作品であっても創作者さん物書きさんって本当にすごいよ。自己表現の所有者になるのではなくて、文字通り「生みの親」となって作品を自立させ、最終的には自分にすら予測できない「誰かの人生」をこの世に誕生させてしまうのだからな。己の技量不足には絶望しつつ、とは言え今回「読者であることを再発見するために一度作者になってみた」のだと見方を変えれば大変有意義な時間だったな、とも思う(ポジティブw
前回の記事にこいつ一体何をし始めたのだと怯えてる方がいらっしゃいましたら怖がらせてしまいすみません、実はそういう背景でした。そして戸惑いながらもお読みくださった方へ心より感謝申し上げます。読者としての自分をより具体的に理解できるようになったことで、もちろんお目汚しごめんなさいの気持ちではありながら、一方でわたしの書いたものにも「読者さんがいたのか」という事実がなんだか嘘のような夢のような忘れがたい人生経験になりました。本当にありがとうございました(照