驟雨の章
こちら大学時代は学生寮に入っていたという主人公がある休日実家へ帰り同じく帰省中のマヒルに屋根裏での探し物を手伝ってもらう、なんて一幕になっているのだが、彼女がこれまで滅多に帰らなかったことを「前の休暇は旅行に行ってた」「その前は部活があった」と言い訳してる辺り家を出てからは年単位で時間が経っていて時系列的にはあの卒業飛行試験の少し「後」って理解でいいのかな?
大学に入ってしばらく経った頃に卒業後は会う機会の減ってしまった高校時代の友人とのアルバムを探すため帰宅した、なんて言われると進学して割と間もなくのことなのだろうとも思えてくるんやが、仮にそうなら恐らく同時期同じ施設の被験体としてそこに居たであろうふたりの「推定年齢」から彼女が大学1回生2回生の時分このマヒルはまだあの試験を受けてないことになり、するとわたしの中のいろんなあれこれが覆って早速倒れそうなんで、一旦あの「後」のストとして読んでもいいだろうか(しらん
マヒルは「かごから出た鳥」のように家のどこに何があるのかすっかり忘れてしまった彼女の様子を「大人になった」のだと自分に言い聞かせるように口に出し、どうやら幼い彼女を近所のガキ大将から守るためうっかり閉じ込めてしまった過去があるらしいその屋根裏は建て付けが悪く今回はふたり一緒に閉じ込められることになるのだが、「あの時お前は隅で縮こまり涙を浮かべてた」「二度と同じ想いをさせたくない」と何とかドアをこじ開け「外に出してやること」を試みている辺り、きっと「いずれ雛鳥と同じことが起こるかも知れない愛」を寛容できるマヒルも嘘じゃないってことなんだろうと思ったよ。
とは言え激しい驟雨に老朽化した窓が壊れガラス片が飛び散れば血相を変え身を挺して彼女に覆い被さるし、じっと見つめれば「小さい頃はにらみ返してきた」はずの彼女が今は簡単に目を逸らしてしまうこと、ハンター養成学校で学び「男の人にも負けてない」と自負する彼女が得意げに口にする「もう守られる必要はない」にはまるでもうひとりのマヒルがそうさせているかのように次第に懐疑的になり、「家を出て外の世界を知ったから過去のすべてを捨てるのか」「手を放そうとするのか」と縋るように尋ねてきたりする。

飛行機が「凧揚げ」なら「糸」は重なり合うふたりの「手」なのかも知れない、なんて表現のあった道なき地を思い返してみると、恐らくマヒルは過去世でもそうして彼女に「手」を握られて、さらに「何度でもあなたの手をつかむ」とまで約束してもらっているようでもあり、すると彼女と「手が離れる」ことは彼にとって現世「飛ぶことの意味」や「目的地」を見失うこと以上の何か原子レベルで細胞に刻まれているような「落ちるときの痛み」や「恐怖」だったりに該当するのかも? なんて思ってしまったな。
直後「お前はもうすぐもっと遠い場所へ行く」「でもオレは、」と言いかけた彼からはやっぱり「自分は軒下に囚われたあの鳥なのかも知れない」「巣を飛び立つことができないのかも知れない」が伝わってくるし、かと思えば今度は我に返ったように「お前はもう守られなきゃいけない子どもじゃない」「お前とふたりだけの昔のままの世界に縋りついてるのはオレなんだ」と省みてこれまた自分の「右手」をじっと眺めていたりする。
その大切な「右手」を温もりのないものに挿げ替えられてしまう余程以前からこうして「飛べないこと」に苦悶することも、EVER云々置いといてそもそも彼のルーツに起因する現象だというなら幾らか腑に落ちる気がするよ。でなきゃ「飛行」には「墜落」が伴うことにあれほど無頓着だったマヒルが「愛」になった途端「巣立つこと」をあわや「落ちること」に結び付けてしまいそうなほど恐れるのが正直不思議で仕方ない。
仮にマヒルが「アダム」なら、幼い兄妹がふたりだけで過ごした至純な時間こそが「エデンの園」でありひとたび外へ出てしまうことが「堕罪」に違いないのだろう。「愛」は清濁を併せ呑むのだがな。たとえ別の方角へ巣立ってもきっと彼女となら次の新しい物語が築けるだろうに。涙

結局ふたりは閉じ込められたまま翌朝のスエの帰宅を待って屋根裏で一夜を共にすることになるのだが、雷鳴にトラウマがあるという彼女を腕の中で寝かし付けるマヒルはどこか思い詰めたように「最後にもう一度守らせてくれ」「二度と閉じ込めないと約束する」「目が覚めたら自由にしてやる」だなんてその寝顔に語り掛けたりして、これは単純にこの場において「せめて最後に今夜一晩驟雨から彼女を守れたらいい加減自分も手を放してやろう」と決心するための言葉なのか、それとも4部2章ルイ教授の庭園で「もし彼女がすべてを知るようなことがあれば誰にも見付からない場所へ閉じ込める」ことを決意していたそれに通ずる含みがあるのかな。
個人的には彼は彼女が可愛くて大切なあまりこうして兄ちゃんこじらせてひとり葛藤しているかのように見えてるが、よくよく考えたら1部4章時点で少なくとも「最悪の状況」とやらをスエから聞かされていたらしいレイが彼女の伺い知らぬところで「あの子を助けることはあなたを助けることにも繋がる」なんて意味深な助言を受けていたのだから、マヒルが今すでに思うよりずっと恐ろしいことを教示され何かを託されている可能性もないわけじゃないのかも?
彼女を引き取った直後から図ったようにレイ家族との交流を開始したスエがまるで何か思惑があってレイと彼女を「昔馴染みになるよう仕向けた」かのように見えてたが、それを言うならマヒルも同じようにスエによって引き合わされた兄さんなのだよな。