終わらない冬
レイが独り抱えるもののあまりの壮絶さや痛ましさに読み終えた後は放心状態からしばらく戻って来れませんでした。まじでめちゃくちゃ泣いた…
そもそもレイの秘話はまるで現実かと錯覚するほど描写がリアルな「医療小説」なんですよね。
わたし容疑者Xの東野先生は本当に好きでいろんな作品読ませてもらってますがたとえば「使命と魂のリミット」とか、今回は警視庁捜査一課十一係シリーズの麻見先生が救急救命士の仕事ぶりや過酷さをめちゃくちゃ細かく表現されてる「深紅の断片」とか近いものを感じます。
思わず息を飲んで一緒になって一刻を争うような急いた気持ちになってしまうため無意識的に力んでいるのか、読み終えた後の疲労感たるや(軟弱
Evol特殊救護部隊
長恒山の奥地で突如発生した磁場の乱れによる大規模な人身被害を食い止めるべく、山のふもとに駐留地を仮設し前線に赴いて奮闘するEvol特殊救護部隊の兵士たちは朝から晩まで休むことなく戦い続け、夜の雪山は閃光弾のフラッシュによりまるで昼間のように明るかった。
医大を卒業し医師になったばかりのレイは、この部隊の負傷兵の応急処置や緊急手術などを担う医療チームの一員として、恩師ファンと共に軍用ヘリで野戦病院へ派遣されることとなった。
極度の緊張感の中、息つく間もなくひっきりなしに運び込まれてくる重症患者たちに、手を休めることなく高度な救命処置を施していくレイ。
現地に到着して数日、大きなプレッシャーの下での長時間労働に耐え切れなくなるものは少なくなく、臨空市から派遣された医師だけでもすでに4人が過労で倒れ極地を離れたが、レイはほとんど不眠不休で働き続けた。
部隊の隊長である「ジョン」は、同じような任務を過去に何度も経験してきたが、今回は新しい装備まで支給され万全を期しての出動であるにも関わらずこうして負傷者は増え続け、またワンダラーも次から次へと湧いてくる状況に「何かがおかしい」と感じ始めた様子。
戦局は泥沼化し、昨日帰隊したばかりの兵士が今度は心停止の状態で搬送されてくると、レイは夜明けまであの手この手で心肺蘇生を試み続ける。
そうして空が明るくなった頃、ついに兵士が息を引き取ると、レイは胸ポケットから手帳を取り出し、そこに「正」の字を一画足して再び同じ位置に戻した。そのポケットはレイのちょうど「心臓の位置」にある。
軍医トオヤ
Evol特殊救護部隊所属の軍医として働く「トオヤ」は、レイと同じ天行大学医学部の卒業生であり、かつて実習生として初めて医療の現場に立ったレイに多くの学びを与えてくれた先輩のひとりでもある。
駐留地の診療エリアには設営初日からおり、いつの間にか一人前の医者となって派遣されてきたレイとの再会を喜びつつ、とは言えレイが「人ひとりの命を救うこと」に見せる譲らなさは「妥協しない」の域を超えた「固執」のようだとも感じており、それはこれまでに数多く目の当たりにしてきたとりわけ仕事熱心な医療従事者たちの比ではなく、「なにか心にしこりのようなものがあるのではないか」と兼ねてから気に掛けている。
多くの人を救いたいというのは医者として当然の想いではあるが、自分たちの本分は「最善を尽くすこと」であり「決して自分を責めるべきじゃない」と何度もレイを諭すトオヤ。
一方レイはこれを「誰よりもよく分かっている」と言うが、どうしても貫かなければならない「理由」があった。
夢の中の死神
レイは制御が利かなくなった自分のEvolが大切な人を襲い「危うく死なせてしまいそうになる」というひどく恐ろしい出来事を体験したことがある。
それは12歳の夏に突然起こり、また暴走がおさまった後も彼の腕からは止まることなく鮮血が滴り続けた。
そしてこの日から今日に至るまでの10年間、レイは自らが「死神」となりその手から黒い氷柱を生み出しては誰かの心臓を貫く、という悪夢にさいなまれるようになり、その死神に打ち勝たんとして人の命を救う医者の道をひた走っているのである。
この夢は今スト各所で度々描写されますが、どういうわけか毎回場面は「雪山の中」なんですよね。
寒さで硬直した多くの死体が吹雪にさらされている中を、死神のレイはただひたすら前へ雪を踏みしめて進む。
両手からは鮮血が伝い漏れ、白い雪にぽたぽたと赤い点を描いているのだけど、死神のレイは決してその歩みを止めない。
そうして何度も両の手を一振りし、生み出された黒い氷柱が貫くのは、「もがき苦しむ人影」や「血まみれの男の子」。これについては彼がやったというよりすでにそういう状態だったように見える。
夢を見た後レイはついてるはずのない血痕を落とさんばかりに必要以上に力強く手を拭き取ったりしてるのでリアルはリアルなんだろうけど、まだ見ぬ黎明で描かれた抹殺者レイの見ていた夢はまるで「もうひとつの自分の人生だ」と思えるほど多彩な「追体験」だったので、それに比べるとこれは「あるイメージの共有」に近いような気もします。
12歳の夏の回想で風景描写のように出てくる「シャリシャリさん」っていうたぶんガリガリくんの親戚みたいなアイスなんだけど、これは抹殺者レイの方も「夢に出てくる食べ物」としてサイダーを凍らせて食べたりしてたんで、始めはこのふたりのレイが互いに互いを夢に見てるのか? とも思ったんですが、だとすると抹殺者レイと雪山のレイにはあまりに相違点が多過ぎる。
ただ、なんとなく雪山のレイも自分を犠牲にして苦しむ人々を救済してるようには見えなくもないんで、とにかくこの「レイ」という氷のEvolverはいつの時代に生まれても様々なかたちで多くの人の「心臓を救う」という「特別な使命を持って生まれる人」であり、どういう現象なのかぴったり12歳から恐らく「前世の自分」が残した記憶の断片を見ることができる人、ってことなのかも知れません。
とは言え息のある人のまだ鼓動してる「心臓を突く」ってめちゃくちゃ怖いことだと思うし、絶対自分の手にその瞬間の感触とか残るだろうし、耳には音も残るだろうし、そもそも医者レイにとってそれは「救済」ではなく「殺人」の認識なのに、そんな心が押し潰されそうになるイメージを全部引き受けながら、現実ではこれに抗うように欠損したり裂けたりする誰かの心臓を数えきれないほど縫い合わせているって、人ひとりに掛けていい重み500倍くらいオーバーしとるやろ…
そして凝雪の章で言ってた「突然居なくなっちゃった」ってのはもしかして主人公ちゃんを死なせてしまうかも知れないって思ったからなのか。
じゃあ4章病院でああなってしまったことレイは物凄く怖かっただろうね?
なんでこの人はこんなに強くいれるんだろう。
見てるこっちが苦しくて泣きたくなる。涙
特別作戦チーム
野戦病院へ派遣されて幾日が過ぎた頃、ゴールの見えないマラソンのような壮絶な人命救助が続く中、急遽救護活動を打ち切り今度は臨床医の足りない人手として都心に帰ってくるよう所属病院から辞令が下されるレイ。
手塩にかけて育ててきた将来有望な天才外科医をこんなところで若くして潰してしまうわけにはいかないと考えていたファンは、ここに残る心臓外科医は自分ひとりで充分であること、レイは早々に撤退し臨床の第一線に戻るべきであることを強い口調で説得するのだけど、レイはこれに応じず、「どうしてもここに残らなければならない」と主張し、またこれを強行するためにファンに黙って直接司令部に掛け合い「Evol特殊救護部隊特別作戦チーム」への入隊許可を得ていた。
特別作戦チームは隊長ジョンや軍医トオヤを含む数十名の精鋭で構成されており、山の北部に位置する崖の谷間に検知された「磁場の核」に赴きこれを破壊することでワンダラーの発生を押し留める、という危険極まりない任務に挑もうと策略を練っているのだけど、レイはここに加わることこそが「自分の責務」であると訴える。
どうやら多くの患者に共通する症状などからこの長恒山内部の磁場に何かしらの異常が起きているであろうことを早い段階で突き止めていたのがレイだったみたいですね。
ファンはそれ故レイがこうして意固地になるんだろうと推断するが、レイはそれ以上に自分が処置をしてついに息を吹き返すことのなかった兵士を想い、まるでそんな自分の徒労と無能を嘲笑うかのような夢の中の死神に負けを認めたくない一心で、全ての人を救えないなら「その根源を絶たなければならない」と考えていた。
磁場の核
作戦はついに決行され、野営をしながら奥地にある「核」を慎重に目指していくチームメンバーだったが、波動の元に接近するほどに強力なワンダラーが出現し、険しい山道を一歩前進するたびに激戦を強いられ、ひとりまたひとりと隊員たちは倒れていった。
「軍医」ではなくもはや「兵士」のように前線に立つレイの夢にはこれまでにないほど頻繁にあの死神が姿を現すようになり、また同時に手帳の「正」の字も増えていく。
吹雪さえ届かない異様なほど静まり返った谷底に辿り着き、ついにその目的が果たされるとき、爆破の轟音と共に石や砂や無数のエネルギー粒子が飛び散ると、遮断されていた吹雪が一気に谷底へと舞い込んで、数十体の巨大なワンダラーが姿を現した。
ほとんど気力だけでその姿を捉えるレイは力の入らない両足をEvolで凍らせて立ち、制御を失いそうな右手を左手で抑えながら、口の中に血の味が広がるほど歯を食いしばって、幾時にも及ぶその最後の死闘を戦い抜いた。
そして夜が明け、立ち上る爆破の煙がすっかり空に消える頃、少し離れたところから聞こえる同じくなんとか危難を持ち堪えたトオヤの声に安堵の表情を浮かべたレイは、磁場の偏移を検知した駐留地からの無線に応答し、負傷兵の容体と応援の要請を告げると、トオヤと共に倒れている兵士たちをシェルターへと運び始める。
実は出発時レイはあの死神が今度は「ぼんやりとただ死を待つようにそこに立つ白い人影」に黒い氷柱を突き立てる夢を見ていて、また貫かれたそれが「白衣を着た自分」であったことに気が付いたとき少しだけ嫌な予感に駆られていたのだけど、もちろん隊員は出発時の半分も残っていないがこうして無事任務を果たし生還したことで、あの死神に一矢報いたような気さえしていた。
結晶化
すみませんこのシーンは錯乱状態で読んでいたためほとんど記憶がないんですが読み返す勇気がないのでめちゃくちゃ曖昧な記憶を頼りに書き残します←
まず、レイがトオヤと無事を喜び合い駐留地からの合流を待っていると、トオヤの胸元になにやらぼんやりと青く「結晶」のようなものが光って見えて、なんだこれ? ってしてる間に手先にも小さな結晶が生え始めるんだけど、トオヤ的にはこれが「チクチク痛む」らしい。
で、なんだか嫌な予感がしてEvolで消そうとしたり手で払ったりしてると今度は突然早送りされたみたいにぶわっと身体中に広がって、ほんの瞬きの間に身体中に食い込み、筋肉がちぎれ、人ではないような姿になってうめき声を上げ始めるトオヤ。
レイはなんとかその結晶を砕こうと氷柱を放つのだけど、凍らせたほんの数秒だけは動きが止まるものの、侵食は進み、ついに完全に覆われたトオヤの皮膚は別のものの肉体に変貌してしまってる。
結晶はところどころ破裂してはレイに降りかかり、レイは身体中を無数のナイフに刺されたような状態になりながらも、「数秒だけでも充分だ」「もうすぐ救護部隊が到着する」と自分を奮い立たせながら彼の救出を試み続ける。
成す術なく覆い被さってくる結晶にもはや意識まで侵食されそうになっていることを悟ったトオヤが「このままじゃまずい」「俺を殺してくれ」ってレイに懇願するんだけど、レイは本当に最後の最後の超ギリギリまで「できません」って叫んでる。
でもやっぱり打つ手がなくて、「化け物にはなりたくない」ってトオヤの最期の言葉についに心を決めたレイが、強張る手で氷柱を放たんとするその瞬間、あの夢の中の死神と自分の姿が重なり、また貫かれた白衣の人影はトオヤと重なって見えた。
ワンダラーが消滅するようにトオヤがもやになって消えると、レイは自分の手の中で血が混じった氷柱が黒くなっていることにぼんやりと気が付いて、顔を上げると朦朧とした意識の中であの死神が「死体の山」を隔てた向かいからじっと自分を見ているような気がした、って書いてあったと思う。
なんだろう、たくさんの悪夢によってそれこそ身体中に小さな傷がたくさん付けられていたのをレイはひとつひとつ丁寧に絆創膏を貼ってせっかく見えないようにしてたのに、全部引っぺがされて全傷口から血が出ちゃった、みたいな仕打ちだよね。
そしておくびにも出さないが今でもその全部の傷は刺すように痛んで血も止まってない状態なんだろうなって思うとまじで居た堪れなさ過ぎるし、なんでそんな状態で誰かの傷には優しく絆創膏貼ってあげれるの? ってまじで思う…
こんなこと言いたかないけど、体を結晶に覆われてるようなワンダラーってめちゃくちゃいません? 涙

隣には手が「フック」のやつもいるしさぁ。涙
ただ、レイの夢の死神は彼がこの先ワンダラーのルーツみたいなものにより迫れるようこの山に導いてくれてたんじゃないかって気もするんだよな。
個人的にはワンダラーの特異エネルギーって深空トンネルが空間を裂いたことでいろんな粒子のバランスが乱れて聚合してしまうものなのかと思ってたんでなんとなく「空から」のイメージだったんやが、磁場の核が谷底にあると言われてひょっとしたら地球内部のエネルギー構造がおかしくなって「中から」生まれてきてるんじゃないかって感覚にもなったしな…
未知なる呪い
エピローグはそれから3年後、レイが「杉徳賞」を受賞する年なので4章読む限り2046年かな?
それくらいの時期に治療していた「ワンダラーに襲われたある患者」に彼が処置したのが「Evol技術を用いた世界初の大動脈再生修復手術」ってやつだったみたいで、これが「医学界における奇跡」だってことで杉徳からメダルと表彰状が送られてくる。
ただ、レイは個人的にこの患者の体内に介入していたのは「トオヤが結晶化する直前に胸に現れたのと同じものなんじゃないか」って見解らしい。
なるほどこれがファン院長と極地でやってる研究の内容だったのね。
まじで5億トンくらいの重責を背負い込んで奮励してレイは今ついに「拮抗薬」にまで手が届いてるんだもんな。本当にすごい人だよアンタは…
トオヤ先輩も誇りに思ってると思う。