恋と深空のんびり考察プレイ録

恋と深空のんびり考察プレイ録 - 空に堕ちる

恋と深空を宗教思想史オタクがのんびり考察しています。

ネタバレを多分に含むうえ、新しく開放されたストを読むたびに考えが変わるため我ながらお門違いなこともたくさん綴ってあるのですが、プレイ記録も兼ねているため敢えてそういうものも全て残したまま書き進めております(土下座

命を重くするもの

なるほど今回の秘話は本編彼らの持つ主義思想の「起点」を描いた物語になっているのだな? 本を読んで知識や正解を得ることと自分で体験して答えを見出すことは違う。解剖学を学べば臓器や組織の構造が分かるし病理学を学べば疾患が分かる、でもどんなに分厚い医学書を読んでも「命を重くするもの」の定義や方程式は載ってない。だからかつてのレイは『答えの書』を開くことではなく「長い時間をかけてその答えを探し続けていく」ことの方を選んだ、というのがざっくり今の彼のあの固い信念の原点というわけか。

そして実はそうやって「答えを探し自分の足で歩くこと」こそが命に重量を与えていくものであると。最後に疏白は「あなた方の実験が本当に予想通り成功するかどうか」知りたくはないかと尋ねるが、確かにその答えを知っていれば「自分の足で歩くこと」はしなかったかも知れない。でも答えが分からないからこそ彼は答えを探すことができ、研究を続け、成果を残し、仲間たちと喜びを分かち合って乾杯し、未来を語り合い笑い合うことができた。ところがその研究は彼らを分かつものにもなり、世界の在り方にさえ関わるものとなり、最後は自らの手である命を終わらせる決断まで背負うことにもなった。悲しいけど「トオヤ」という命をレイの中でこんなにも重くしたのは彼の「歩いた道」そのものなのだよね。

それでもレイは「だから答えを知っておけばよかった」とは言わない。むしろその責任や後悔まで引き受けてまた自分で選び、人と関わり、医師として同じ道を歩き続けたいと言う。愛のためイバラを巻かれ十字架にかけられても神ではなく人間の物語を肯定したい、つくづくイエス・キリストのような男だよまったく←

解剖実習

医学部に進んだばかりの学生たちが最初に経験する解剖実習はスト冒頭かなり分かりやすく「命を軽くする訓練」として描かれる。献体者というひとりの人間がひとたび解剖台の上に横たわれば、器官、組織、神経、血管、細胞という「観察して理解して記憶できる無数の部分」へと分解されていく。ここで目の前に横たわるものが「誰かの人生」でしかなかったらきっと彼らは切開も縫合も診断さえできなくなってしまうだろう。医学というのはある意味で誰かの人生を「症例」に、身体を「構造」に、死を「生理学的な現象」に変換する技術と言えるのかも知れない。

少年レイはこれがとても得意なのだよね。14歳で大学に進学した彼はその解剖室の中の誰よりも若いけど、周りの医学生たちが手を震わせて固唾をのみ顔を強張らせながらただ見守るばかりという状況下で平然とメスを手に取り予定されていた切開位置で皮膚を切り開くと順調に解剖を進めながらさらに複雑な組織の構造の説明まで淡々とこなして見せる。

どうしてあんなに「感情の起伏がないんだ」とひそひそ声で噂され、本人は「なぜ感情が揺らがなかったのか」「自分は命の意味を分かっていないためか」などと考え至るけど、恐らくそれはレイがこれまで「本を読んで知識や正解を得る」といういわば「命を軽くする訓練」の方を他の誰よりもたくさん積んできたからであり、同時に「体験から答えを見出す」ということをまだ充分にできていないためでもあると思う。本はひとりで読むものであるが体験には他者との関係性が必要で、さらにそこから生まれる答えや概念もまた人との関わりや相互主観があってこそ成り立つものだから。

しかも彼はその頭脳をもってして「本を読んで知識や正解を得る」ことをものすごい速度で進めることができる。それはまるで心の中に一刻も早く答えを見つけなければならない問いがあり、そのために誰よりも速く急いで進んでいるようである、とも語られるが、世界の深層『孤独な灯火』の中で「それは自分が再び彼女の脅威になったときあの日のように何もできないままでいたくないから」だと彼自身がファンに打ち明けてくれたよね。あるいは『終わらない冬』雪山で「その固執や執念には何かしこりのようなものがあるのではないか」問われたときトオヤにも「制御が利かなくなった自分のEvolが危うく大切な人を死なせてしまいそうになったことがある」ためだと告白している。

きっとできる限り早く「安心して彼女の傍に居られる自分」を手に入れたかったのだろう。少年レイは「未解決の謎」を「全て医学が解き明かしてくれる」と信じていたし、初めて「ヒポクラテスの誓い」を読み上げたときは自分も将来いい医者になれると思った、本編5部4章では「あのとき黙っていなくなってしまったことを埋め合わせたかったから」だとも語ったが、かつて自分が傷付けてしまった彼女を守りたい一心でそうして邁進してきたのだろうね。

成長痛

レイをよく知る周りの大人たちはみなそれぞれの言葉で揃って彼に「もっとゆっくり大人になっていい」と言い添える。母チイは「何事にも自分の考えを持ち自分のことをきちんとこなせる息子」に勉学や生活面で心配を掛けられたことはなかったが、そうしてあまりにも早く大人の世界に踏み入ってしまうことで「その年頃ならではの経験をさせてあげられない」ことをやや気に掛けており、電話口で「何もかもが順調」に違いない模範解答のような近況報告を終えたレイには「ただし医学には知識や技術を身に付けるばかりでなく人生の経験を深めていくことも必要」であると語る。命の重さとは何か、反対に軽さとは何か、もっともそういうことは今すぐ答えが出るようなものではないから「これから少しずつ」分かるようになっていけばいいと。

あるときレイが「寝ている間に両下肢に起こる謎の鈍痛」を校医に診てもらうと「君くらい歳の子どもにはよくある成長痛だ」なんて診断で、18歳未満は小児科にかかれるんだから小さいうちから大人のような顔をしなくていい、と頭を撫でられるシーンなんかとても象徴的だよね。

「人生の経験を深めていく」ということは本を読んで知識や正解を得ることと違って「時間が経過すること」そのものが不可欠であり、どれだけ効率的に生きようと急いても「飛び級」のようなショートカットは存在し得ない。彼の知性は時間を飛び越えてとっくに大人の領域にいるけれど、彼の身体は時間をかけて痛みを伴いながら成長し、まだまだ骨を伸ばしている最中なのだ。

コア応用医療研究

世界の深層『孤独な灯火』読了時わたしはレイが2040年その能力の高さを買われ「医学部長」率いる「コア心臓介入医療法」のプロジェクトチームに加わることとなりそこで初めて「コア医療」に触れたものと解釈してたため、ぶっちゃけこの「医学部長」こそが後の「ヴァール療養院プロジェクト」までこの研究を中心となって率いてきた怪しい人物のひとりなのではないかと長らく疑ってきてしまったが、今回読む限りレイはそもそも2036年当時まだまだ「臨床応用に伴う不確実性を懸念する声」が大きく研究分野としては確立もされていなかったその頃から「コアテクノロジーの心臓外科分野への応用」を自分の研究テーマに掲げていたのだね。

本人の強い希望で彼の指導教員をしていたらしいファンはまだ探索段階である先端分野を選ぶことがすでに確立された既存分野を選ぶことよりも遥かに多くの未知のリスクが伴うだろうこと、これはもちろん技術的に無理があるという憂慮ではなくむしろ彼の能力なら先駆者にさえなれると分かっているからこそ「倫理的境界」にも答えがなく「反対派」が大勢いるような道を彼が「孤独に」ぐんぐん進んでしまう未来を危惧しているニュアンスで、「この道はお前も誰かと共に進む必要がある」「一人なら速く進めるが仲間となら遠くまで進める」なんて優しくも決して甘くはない言葉を付言する。

大学寮のルームメイトであるトオヤはその直後レイが研究室で「ある資料」に目を通しているのを見て「まさかヤスを誘うつもりなのか」と尋ねるが、恐らくこの資料はヤスの個人的な研究提案書のようなもの、どうやらレイはファンの助言を受けて「医学部長」が大学側で正式な大型研究プロジェクトとして掲げている「コア心臓介入医療法」という同じ研究領域の中で「実験からのアプローチが得意である自分」の新たな協力相手として「理論的なアプローチを得意としてる人」それも彼と同じ方向性でありながら「もっと大胆な理論を組み立てることができるヤス」に声を掛け自分たちの合同研究ラインを立ち上げた、X-Heartは「コア心臓介入医療法」という医学部の正式プロジェクトの中で彼らが共同で始めた小さな実験のひとつだったってことみたい。

思えばレイは理論の試験を蹴ってまで実験に没頭する理由を「早く実践に移りたいため」だと言ってたね。レイが初めてヤスの研究室を訪ねたときヤスは彼が「若くしてコア応用研究でそれなりの成果を上げた人物」だと認識してるんで無論レイはこの時点すでに「コア心臓介入医療法」を牽引しているし、トオヤは「ヤスに唯一いいところがあるとすればニッチで論争の絶えないこの分野で迷いなく自分の研究計画を自画自賛できる絶対的な自己肯定感だ」と感じていたようだけど、彼らが手を組んで程なく本当に「止まっていた心臓が動き出す」実験が成功してしまうあたり実際ふたりは研究者としては持ちつ持たれつの名コンビだったのではと思いたくもなる。

もちろんこれが後に「黒い結晶のかたまりから生えた脈動する人間の心臓の半分」に変質してしまうことでレイは実験レポートをすべて処分し医学部の正式プロジェクトからも降りたいだなんて言い出すが、となると学部長は本当に「大きく前進しかけた大学のプロジェクトが決定的な技術的突破口を失うこと」よりも「同じ研究者としてレイ自身の努力が一瞬で無駄になってしまうこと」の方を心から悔しがってくれていたのだね。なんかごめんねずっと疑っちゃって(殴

彼らが初めてビールとポテチで成功を祝った最初の実験がX-Heartのどの段階のものであるかは不分明であるが、計算が正しければ2041年中にはプロジェクトを抜けたはずであるレイ、その後「自分が理論面を補っていたものの実験レポートを失った研究計画」だけを携えたヤスがEVERという後ろ盾を得て「ジュンジ」という被験者を抱き込み「コア心臓医療」をいよいよ臨床化にまで漕ぎつけてしまった同じ2046年にはレイは「Evol技術を用いた世界初の大動脈再生修復手術」で医学賞を受賞し「コア介入症治療」のエキスパートになっているわけだからまじで両者は真反対の方向へ道を違えたのだな。

ぶっちゃけ『雪まみれの階段』読了当時わたしにはヤスが「俺たちは生死を決める者になれる」なんぞ極端な不死思想で暴走しているやばいやつに見え、本編5部4章では死を恐れるあまりそれを克服しようと必死になるその胸に「他人の心臓」が動いているかわいそうな人にも見え、紆余曲折を経て今回改めてその全貌が見えた気がしたよ。たぶんこの人なんでもいいから「自分がいちばんすごい人であることを世界に示したい」だけの人だわ←

ちなみに疏白が「神言者様が職務に戻ると約束してくれた」ものと思い込んでいるらしい何らかのやり取りも2048年から数えて「7年前の約束」なら同じ2041年中になりそうだが、今回大学に会いに来た場面はそれ「以前」の話になるのかな? この時点で「前回から数年ぶりの対面」であり「神言者様は驚くほど背が伸びた」そうなので、たぶん本編5部3章レイの回想の中で語られる「少年に懇願され初めてフラクタル図書館へ足を踏み入れた」その時が「前回の対面」だったのではないかと予想。

世界の深層『黄昏過ぎて秋来たる』では「臨空大学医学部」が天行大学に統合される3年前、両親の引っ越しで一度は臨空市を離れたレイがうっかり列車を乗り過ごし一駅歩くなんてことになりながら進学を機にひとりそちらに戻っているはずなんで、図書館は臨空市に現れて疏白も「臨空大学駅」を目指しやってきたものと思われる。これが2035年の秋頃だと言うんでレイは「14歳になる年」「大学に進学した年」に初めて臨空市で疏白や十七と出会ったものと読んでよさそう?

ポストカード

個人的にとても印象に残っているのはレイがファンにもらった出張土産のポストカードで彼女に挨拶でもしてみようかと思い立ちペンを走らせるも「無粋な年長者の文章」のようなものが書き上がり結局棚にしまい込んで溜め息をついている一幕。あわや死なせてしまうかも知れなかった罪悪感や申し訳なさ、それでも助けたい関わりたいという強い意志、とは言え介入すべきではないのかも知れないという迷い、両親から元気にやっている彼女の話を聞くたびにあれこれ思い巡らせて普段あれほど精密で隙のないレイが実験材料の置き場を間違えるくらい「彼女に心を向けずにはいられない」状態であるにも関わらず、彼の中では「自分が何を思っているのか分からない」しかも自認は「かつて勉強の面倒を見ていた近所のお兄さん」なのだねw

お気付きだろうか?←
そうやって答えを見出そうと自分で道を歩くことが「命を重くするもの」であるということ。彼女を守りたいから助けたいからと始まったあなたの医師人生そのものがあなたの中で彼女の命をどんどん重いものにするのです。そして世間ではそれを「人を好きになっていく過程」と呼ぶのです(だれ

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